「あ、ちょっとコンビニ寄っていい?」
飲み会の帰り道、サエがそう言ってコンビニに入っていった。しばらくして出てきた彼の手には、やけに可愛らしい紙袋が。
「何買ったの?」
「これ?チョコレート。」
そう言えば昨日はバレンタインデーだったっけ。2月の大きな行事と言えば節分もあるけど、バレンタインデーであろう。恋する乙女が好きな人に気持ちとチョコを贈る日。なんて言えば聞こえはいいが、実際はそんなものではい。
私はというと近年は職場の同僚ぐらいしかあげていない。本命チョコなんて何年作っていないだろう?
「それ、バレンタインのじゃん。」
「うん、安くなってたから。」
「コンビニと言えどバレンタインチョコだったものを堂々と買うなんて、サエ本当に勇者だね。剣太郎が見たら泣くよ?」
「いや、流石にもう泣きはしないだろ。」
「どうかなー?」
幼なじみの剣太郎は中学の時『バレンタインはモテる男子のモテパロメーターを具現化したチョコを見なきゃならない、モテない男子には地獄のような日』と涙ながらにそう言っていた。
その点サエは剣太郎の言うモテる男子という奴で、毎年凄い数のチョコを貰っていた。ホワイトデーには貰った全員にお返しをしていたし、なんともマメな奴だった。
コンビニを後に歩き出すと、見慣れた海岸に出た。夜の海は静かで人もいない。波の音と、私とサエの砂浜を歩く音だけが聞こえてくる。
「バレンタインと言えば、部活の後蝶子がホットチョコレート持ってきた事あったなぁ。」
「あぁ、そんな事もあったね。」
「砂浜ランニング終わった後に『ハッピーバレンタイン』って俺達に配った時は、鬼かと思った。」
「だってあの時本当は紅白試合の予定だったけど、急遽砂浜ランニングに変わったんだもん。分かってたら普通のチョコ用意したよ。」
「まぁ、あれはあれで美味しかったけどね。」
「それはどうも。」
月明かりがぼんやりと照らす砂浜は薄暗い。遠くの電灯の明かりがあるのに、こんなに暗く感じるのは何でなんだろう?
そう私もぼんやりと考えると2月の冷たい潮風が私の頬を通った。
「折角だから、食べる?チョコレート?」
「・・・いる。」
「じゃあ、久しぶりに砂浜デートだ。」
サエはそう言って微笑むと、砂浜に座り込んだ。そしてさっき買った可愛らしい紙袋から小さな箱を取り出して、自分と同じミルクティー色のリボンをしゅるりと解く。
「何個入ってるの?」
「5つ。蝶子3つ食べていいよ。」
「えっ。」
「俺からのバレンタイン。」
そう言って開いた箱には、これまた可愛らしいチョコレートが。手招きをするサエの隣に私も座る。そして箱を差し出すサエの顔を見つめた。綺麗なミルクティー色の髪が風に揺れてキラキラと光って見えた。
「・・・何?」
「・・・何でもない。これ、このハートのがいい。」
「いいよ、どうぞ。」
私は真ん中にあった赤いハートのチョコレートを摘んだ。それを持ち上げて、ぼんやりとした月にかざしてみる。
ドロッとした闇に浮かぶそれは、誰かの心みたい。私はそれを口に運んだ。
「あ。」
サエが声を出したのと同じタイミングで口の中のハートが溶けだして、中からドロッとした液体が出てきた。
「それ洋酒のボンボンみたいだ。」
「・・・言うのが遅いよ。」
「ごめんごめん、苦手だったよな?大丈夫?」
「・・・・。」
チョコレートボンボン、私は苦手だがサエはむしろ好きな方だった。お酒が飲めるようになってからはウイスキーのも日本酒のものも好きだと言っていた。そんな彼に手作りをした事もあった。あれは何年前だっけ?本命だからって、張り切って作った事もあった。
吐き出すのも嫌なので、我慢して飲み込んだら涙が出てきた。私は膝を抱えて顔を隠す。
「本当に大丈夫か?この丸いやつは普通のやつみたいだから、こっちを、」
「サエ。」
「ん?」
「・・・・・・結婚、おめでとう。」
少しの沈黙の後、サエの手がゆっくり私の頭をいつもみたいに優しく撫でた。
サエは来月結婚する。私じゃない、人と。奥さんになる人はサエの大学の後輩で、やさしくて可愛いくていい人だった。今日の皆との飲み会でも終始その話で盛り上がった。
「・・・ありがとう。」
サエがどんな顔をしているか分からなかったけど、少し困ったように笑っていてくれればいいと思った。
優しくて、暖かくて、大好きな手の温度に、涙が出る。きっとこんなに苦しくて涙が出るのは、このチョコレートのせいだ。
赤いハートのチョコレートは、私の恋心と一緒だった。溶けて、消える。
「・・・好きだったよ、今でも。」
小さくそう呟いた声は、波の音に消えた。
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