スマホのアラームが鳴ったので急いで飛び起きると、慌てて着替えてメイクをして家を飛び出した。
別に誰かと待ち合わせをしているわけではなく、用事があるわけでもない。近所のスーパーに夕飯の買い物に行くのである。
この時間に行くのには訳がある。



「あっ。」



近所のスーパーに到着してカゴを持つと、すぐに見知った背中を発見。少しよれたグレーのパーカーに赤いラインが入ったジャージのズボン。ツンツン頭をかきながらカゴを持っている。やっぱり今日もいた!
そう、私は彼に会うためにこの時間スーパーに来ているのである。
彼は老若男女人気である。近所の小学生の子供達とも、重そうに袋を運ぶお婆ちゃんにも、スーパーのパートのおば様にも、バイト中であろう男子学生にも、彼は気さくだった。人懐っこい性格と豪快に笑う彼に一目惚れをするのにそう時間はかからなかった。
そんな彼と話したのは数える程度。レジで後ろに並んだ時とか、私の落としたハンカチを拾ってくれた時など・・・。
彼にとっては私なんて通行人Cぐらいにすぎないのだろう・・・などと思いながら私は特に用事がない時は必ずこの時間にスーパーに買い物にくるようにしているのであった。
彼は魚の切り身のコーナーで立ち止まり品定めをしていた。カゴの中にはキャベツとジャガイモ。そしてビールが二本。自炊してるんだ・・・また彼のポイントが上昇する。



「わっ!」



その時、彼を見つめていた私は走ってきた小さな男の子とぶつかってしまった。尻餅をついた男の子の姿に慌ててしゃがみこむ。



「ご、ごめんね!大丈夫?」

「・・・・・・。」



男の子は私を見上げてきょとんとした表情を一瞬浮かべたが、あっという間に大きな目に涙を浮かべて泣き出してしまった。



「・・・・・・。」

「え、ごめんね!!どこかぶつけた?!どこか痛い?!」

「ママ、いなくなっちゃった・・・。」

「へ?」



小さくそう言った男の子。どうやら迷子みたいだ。どうしていいか分からずおろおろする私をよそに、男の子は不安そうに私の服の裾を掴んだ。こ、こういう時は、とりあえずサービスカウンターに・・・・・・。



「どうした、お前迷子か?」



おろおろする私の上からそう声がかかった。顔を上げればあの彼が、男の子の頭をぽんぽんと撫でていた。唖然とする私に彼はカゴを置くと膝をついて男の子と目線を合わせると、あの人懐っこい笑顔で笑った。



「でも大丈夫だ、すぐママに会えるぞ。」

「ほんと?」

「あぁ、だから泣くな。男は人前で泣いたら格好悪いぞ?」

「・・・みきちゃんに嫌われる?」

「あはは、泣きやんだらみきちゃんも好きになってくれるかもな。」



そして彼は「よっ」と言って男の子を抱き上げた。そしてぽかんとする私を見ると「それ」と置いてあった彼のカゴを指さした。



「悪いんだが、それ一緒に持っててくれるか?」

「は、はい!」

「おぉ、すまねぇな。」



そう言って歩きだした彼に、私も立ち上がって彼のカゴも一緒に持って彼を追った。
歩き出してすぐに男の子のお母さんがやってきた。頭を下げる男の子のお母さんに彼は笑ってまた男の子の頭を撫でた。



「よかったな、でももう一人でうろうらするなよ!」

「うん、ありがとうお兄ちゃん、お姉ちゃん!」



男の子はそう言うと手を振ってお母さんとレジの方に歩いて行った。・・・まさか、私もお礼を言われると思わなかった。男の子を見送った私は我に帰り、持っていたカゴを急いで彼に差し出した。



「悪かったな、持たせちまって。」

「いぇ、光栄です!」



・・・・・・な、何を言っているんだ私は!?あの彼が目の前にいるんだから、これはいろいろといろいろするタイミングだろう!!
言った言葉に後悔しながら頭をフル回転させる私に彼はカゴを受け取りながら声をあげて豪快に笑った。



「あはは、面白いなあんた。」



いっ、一気に顔に熱がのぼるのが分かった。
視線をそらして考えるように腕を組んだ彼がぽつぽつまた口を開く。



「あぁ、でも初めて話す上に女に面白いは失礼か。でもあんたいつもここで見かけるから、初めてって感じないんだよな。この時間結構いるだろ、いつも。それに同い年ぐらいな気がしたし。あっ。」



彼はそう一気にそう言うと、私を見つめた。そしてカゴを左手に持ち直して私に右手を差し出した。



「名前言ってなかったな、俺は黒羽、黒羽春風。これも何かの機会だからな、あんたの名前も教えてくれ。」



そう言って目を細めた彼に、私は心を奪われた。あぁ、いつでも思い出せるように心のカメラにこの笑顔を記録しておこう。
そんな下らないことを考えながら私は左手を差し出した。


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