我が家のオムライスはペラッペラの卵に中のご飯もただのケチャップライスだった。
しかし樹っちゃんが作るオムライスは違う。卵もふわふわトロトロのだし、中のご飯もちゃんとしたチキンライスだ。
「見てないで手伝って下さい。」
「あ、ごめんごめん。」
やや呆れ顔の樹っちゃんにそう言われると、私はスプーンを棚から取り出した。そしてテーブルまで運ぶ。
料理を作るのはもっぱら樹っちゃん担当だった。以前料理を作ったら「・・・人には向き不向きがあります。」って言われた事があった。そりゃ樹っちゃんよりは下手かもしれないが、彼氏に手料理を食べさせたいという乙女心はあっという間に崩れた。
「蝶子、サラダも持ってって。」
「はーい。」
台所に戻ると木製のボールにサラダが盛られていた。レタスやベビーリーフの中央にはこれまた樹っちゃん特性のポテトサラダ。じゃがいもの食感が残るポテトサラダ。マヨネーズも控えめなのでヘルシーだ。私はそんなサラダに横に置いてあったミニトマトを飾り付ける。赤が入ると途端に色鮮やかになる。
「樹っちゃん、どう?」
「ん、上出来です。」
そう言ってふんわり笑う樹っちゃん。自慢の彼氏だが完璧ゆえに私は殆ど何もしていない気がする。それは女としてどうなんだ、私・・・・。
「樹っちゃんはさ。」
「はい?」
「いいしゅふになるよ。」
「主婦?」
「主夫、婦人の方じゃなくて夫の方の主夫ね。」
私はそう言ってサラダを机に運ぶと、フライパンで卵を炒めていた樹っちゃんが手を止めて微妙な顔をした。
「それは喜んでいいのか微妙なのね。」
「女の子だったらいい奥さんになるよ、樹っちゃん。」
「残念ながら、俺は男なのね。」
火を止めると樹っちゃんは手早く卵をフライパンの端によせながら一つにまとめる。そしてお皿に盛ったチキンライスの上にのせた。
「じゃあ蝶子は何になるつもりですか?」
「え?」
「俺と一緒に住んだら、俺が主夫なんでしょう?」
樹っちゃんはさらっとそう言うと卵にナイフでツゥと切れ目を入れる。半熟の卵が見事にチキンライスの上に広がった。そして広がる卵の香ばしいいい香り。
「き、金銭面、とか?」
「蝶子が稼ぐって事?」
「ってかさっきのそれは・・・・。」
「・・・・。」
樹っちゃんは急に黙ると、完成したオムライスを持ってテーブルにやってきた。そして私の前にオムライスのお皿を置くと、先に置いてあったケチャップを手にとった。
「・・・今日はソースまで作る時間はなかったから、ケチャップね。」
樹っちゃんはそう言うと私のオムライスに綺麗なハートを描いた。
そしていつもの定位置・私の前の席に腰をかける。
「・・・そろそろ一緒に暮らしませんか、っていう事です。」
「ど、同棲、ですか・・・・。」
「少なくとも俺と一緒に暮らしたら、蝶子は食いっぱぐれないのね。」
ケチャップを机に戻した樹っちゃんはそう言った。ちょっと赤いけど優しい私が大好きな顔だ。
私もそんな樹っちゃんを見ながらケチャップをとると、樹っちゃんの方のオムライスにケチャップでハートを描いた。
「・・・洗濯は私がやります。」
「ふふ、洗濯だけ?」
「掃除もするよ!」
「そうですね、2人でやるのね。」
そう言ってスプーンを差し出した樹っちゃんにさらにケチャップでハートを描いた。いびつだけど二重のハートには私の想いを入れた。そしてスプーンを受け取って2人で笑いあう。
「お揃いのカップ買おうよ。」
「じゃあ食べたら買い物に行くのね。」
「うん!それじゃあいただきます。」
「いただきます。」
ふわふわの卵とチキンライスを一緒に口に頬張れば、それは幸せの味だった。
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