私にとってヤンキーや壁どんはドラマや漫画の中の世界の話である。
今日まで生きた中でヤンキーなんて周りに見たことないし、壁どんだって流行っているとは言え実際やってるの見たことない。
しかし今ドラマや漫画の中の世界の話が目の前で起こっている。



「嘘だぁ・・・。」

「静かに!」



まばたきを数回繰り返してみる。これが噂の壁どん。そして目の前にはヤンキー。
3体1の喧嘩から逃げてきたヤンキーが知り合いの子捕まえてカップルのふりしてその場をやりすごす、というのもドラマや漫画でよく見る話だ。しかしそれが今私の目の前で起きているんて、やっぱり信じがたい。ヤンキーに壁どん&顔を近づけられている。



「・・・何とか撒いたみたいばい。」



周りをぐるっと見回してそう言ったのはヤンキー・橘桔平。あの自動販売機以来姿すら見ていなかったが、こんなドラマや漫画みたいな事していたとは。
つまり私はこの橘桔平に壁どんされていたわけだ。
学校帰り1人でぶらぶらバス停まで歩いていたら、突然手首を掴まれた。え?ってなる前にその手首が引っ張られたと思ったらあっという間に路地裏に。そして、今に至る所である。ひー、ヤンキー近い、怖いぃぃ!



「すまんばい、見知った顔だったもんだから。」

「・・・・。」



見知ったって、あなたにとって私は通行人Cぐらいだと思ってたんですけど。でもどうやらそうではないらしい。
少し申し訳なさそうにそう言う橘桔平は、よく見たら口元が切れているようで血が滲んでいる。おまけに服も汚れているみたいだ。橘桔平は私から少し離れると、足元にあった私の鞄を拾い上げた。



「ほら、鞄。」

「あ、ありがとう、ございます。」

「なして敬語とや?俺と同級生やろ、藤咲蝶子。」

「え、何で私の名前・・・。」

「これ。」




キャラクターのケースに入った定期券。なるほど、それでかー。私が鞄を受け取ると、橘桔平は私の頭を撫でた。え、何だこの光景?!



「見つけたばい、橘桔平!」



その時、またもドラマや漫画みたいな事が起こった。橘桔平の後ろから、他校と思われるヤンキーが3人現れた。彼らが橘桔平を追っていたヤンキー達であろう事は橘桔平が私の手首をまた引いて抱きしめた事で気づいた。



「もう逃げられんぞ、橘ぁ!」

「・・・ちっ、折角よか所だったのに、邪魔が入ったばい。」



とりあえず抱きしめられている橘桔平の顔を見れば、めっちゃ怖い顔をしていた。というか私完全に巻き込まれてる!?
よか所って何だよ、何もないです!何も!首横にふりながらそう言って否定したいが、恐怖には勝てずに橘桔平の汚れた制服の裾を掴む。




「俺ら3人相手しながら女守るとや?」

「情けなか所彼女に見られるなんてなぁ。」

「うるしゃーばい。」

「橘1人なら、俺らだけで・・・。」

「それはどうだかな?」

「何言って、」

「なぁ、千歳。」



そこからはとても早かった。1人が倒れたと思ったら、橘桔平が私を壁に突き飛ばした。地味に背中が痛い。そしてしゃがみ込む。と思ったらあっと言う間にさっきまで余裕かましてた3人が地面に膝をついていた。そしてよろよろと立ち上がると、「覚えてろ!」とやはりドラマや漫画みたい台詞を吐きながら去っていってしまった。



「物覚え悪かからなぁー、俺。」

「・・・千歳、遅い。」

「酷かねぇ、これでも走ってきたとよ。」



気づいたらどこからやってきたのか千歳千里が両手を払いながらそう言った。そしてくるりと振り向くと、私の方にやっつきた。敵だったであろう他校の3人から守ってくれたのはありがたい事であるが、私にしたら2人ヤンキーがまだいる事には変わりない。千歳千里は微笑みながら私の腕を掴んだ。ひぃー、でかい!怖い!



「大丈夫だったと、藤咲さん。」



私の恐怖心とは裏腹に千歳千里はそう言いながら優しく私を立たせてくれた。何だ、でかいけど橘桔平よりいい奴?



「ありがとう、ございます。私の、名前・・・・。」

「あぁ。」



千歳千里が笑いながらそう言うと、何を思ったか顔を近づけてきたかと思ったらそのまま唇にキスされた。しかもリップ音付きで。



「むぞらしか子の名前覚えとくんは、男の常識・・・いたっ!」



驚く間もなく千歳千里の顔が離れたかと思ったら、さっきよりも怖い顔をした橘桔平が千歳千里の襟首をつまみ上げていた。



「何するたい、桔平!」

「それはこっちの台詞たい!」

「さっきよか所言うとったばってん、そういう事したもんかと。」

「しとらんたい、アホ!!」



橘桔平は千歳千里に蹴りを一つ入れると、眉を下げながら今だぽかんとする私の頭を撫でる。そして何故か優しく唇にキスされた。



「消毒にはならんかもしれんが・・・。」

「・・・・。」

「いろいろすまんかったばい。こん借りは必ず返すたい。」



橘桔平はそう言うと今度は乱暴に私の頭を撫でた。というか、借りって、借りって・・・なんか怖いんですけど。
ぼさぼさになった髪を直すと、橘桔平がまた千歳千里の襟首を掴みながら歩き出すのが見えた。



「何ね、桔平もちゅーしたかったと?」

「せからしか!」



橘桔平はそう言うともう一度千歳千里に蹴りを入れる。
しだいに遠くなるそんな2人を見つめながら、私はまたへなへなとその場にしゃがみ込む。
・・・そう言えばクラスの子が言っていた。千歳千里はたらしだから気をつけた方がよかよって。まさか千歳千里のみならず、橘桔平までもたらしだったとは。というかそんなヤンキー2人に初キスを奪われるとは・・・・。頭の中で警報機がけたたましく音を立てている。

あぁ、神様。
できる事ならドラマや漫画の世界に出てくる女の子みたいな役ではなく、私をただの通行人Aにしてください。


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