「殴った。」

「殴ったの?」

「うん。」



向かい合わせに座る不二はそれを聞いてケラケラと笑い出し、その隣の菊丸はオーバーに頬をおさえる。私は手元のコーヒーカップをダンと音を立てて机に戻す。



「笑い事じゃないんだけど、不二。」

「ごめんごめん。」

「痛そー。」

「ぐーぱんちだからね。でもほっぺじゃないから。明日取材がある、とか言われたからお腹殴った。優しいでしょ?」

「君のそういうところ変わってないね。」

「確かになー。」



大学の授業が休みなので久々に昔のクラスメートと会う事にした。にゃーにゃー言わなくなった菊丸はアイスのカップをつつきながら鞄から雑誌を取り出す。テニス雑誌だ。



「一昨日も載ってるのみつけてついつい買っちゃった。ほら、ここ。」

「本当だ、手塚だ。」



嬉しそうにめくった雑誌、そこには相変わらずの無表情で立つ姿が。私が腹を殴った張本人がそこに載っていた。



「“眼鏡の下の鋭い瞳で、狙うは頂点”だって。」

「“時折見せる笑顔に、女性は胸キュン”・・・・そうなの?」

「・・・知りません。」


記事を書いているのは女性のようだ。その女性の前で胸キュンの笑顔を見せたと。



「さっさと謝ればいいじゃんかー。」

「・・・約束破ったのは向こうだもん。」

「素直じゃないなぁ。」



この二人同様に手塚も中学生以来の友人・・・・というか、今は彼氏、というやつである。
中学生の時から真面目を絵に描いたような人物で、今もあまり変わっていない。むしろ彼氏になってからの方がより生真面目になった気がする。
つい数日前もそうだ。あれだけクリスマスは空けとけって言ったにもかかわらず、「25日は・・・・スポンサーのパーティーだな」とか言いやがった。試合とかならまぁ、仕方がないと諦めもついたがパーティー?彼女よりパーティーだと?
そして昨日。久々に会って久々に二人でゆっくりって思ってたのに「明日は取材がある」ってなって・・・・お腹をぐーぱんち。



「あ蝶子、電話きてるぞ?」

「いいの、どうせ手塚だから。」



傍らのスマホの電源を落とすとコーヒーを飲みほす。それを見た不二が笑う。



「本当にいいの?」

「いいの!どうせ今頃取材受けてまた胸キュンスマイルをしてるんじゃないの?」

「いいわけないだろ。」


・・・・最近の雑誌は声まで聞けるのか。と思ったのもつかの間、雑誌が閉じられた。閉じたのは私でも、ましてや不二でも菊丸でもない。私の後ろから伸びてきた腕のためだ。その腕をたどるように振り返る。



「・・・・手塚。」

「やぁ、手塚早かったね。」

「取材終わりですぐに来たからな。」



何で手塚がここに!?菊丸もそう思ったらしく、目を丸くしながら雑誌を手元に戻している。



「うわ、手塚久しぶり!」

「久しぶりだな、菊丸。ゼミのレポートは進んでいるか?」

「うっ・・・手塚、相変わらずだなぁ。」

「というか何でここに・・・。」

「お前には連絡がつかなかったが、不二とはついたからな。」



そう言いながらマフラーだけを取る。不二がまたケラケラと笑って持っていたスマホの画面を見せてきた。
『彼女なら一緒にいるよ』
それを見て不二を睨みつけると、手塚が私の腕を掴んで私を立ち上がらせた。



「な、何?」

「これから蝶子と行く所があってな。二人には悪いが、これで失礼する。」

「は、そんなの行かな、」

「・・・・・行くぞ。」



手塚はそう言うとメガネを上げて私の腕を掴んだまま歩き始めた。私が急いでコートを手に取ると、不二と菊丸が「バイバイ」と手を振っていた。あの二人・・・・後で覚えてろよ・・・。店の外から二人にそう念を送ると、手塚が急に立ち止まった。勢い余って手塚の背中に激突した私に、手塚が持っていたマフラーを私に巻いた。そしてコートを羽織らせてくれる。



「・・・行かないし、まだ怒ってるんだからね。」

「分かっている。それは俺が悪いとおもっているからな。」

「・・・・本当に思ってる?」

「あぁ。」



そう言って手塚は私の腕からようやく手を離すと、そのまま私の頬に触れた。私は正直まだ怒っているけど、久しぶりの生手塚にそれが揺らぐ。そんな自分がなんとなく嫌で今度は手塚の胸に頭突きをした。
頬から私の頭に手を添えかえると、手塚の温もりが一気に伝わってきて暖かかった。



「それに、25日はお前と一緒に過ごせそうだ。」

「えっ、だってスポンサーのパーティーがあるって!」

「跡部に話したら、今回は見送ってもいいという事になった。」

「え、何で跡部君?」

「跡部が俺のスポンサーだからだ。」

「・・・・・そうだったの!?」

「知らなかったのか。」

「うん。・・・でも跡部君に感謝しないと。」



最後の台詞は手塚の胸に顔を押し付けて小さく呟いた。ありがとう跡部君、これでこの前ドレス勝手に送ってきた事はチャラにしてやろう。



「蝶子。」



名前を呼ばれて顔だけ見上げると、手塚が優しく目を細めていた。あぁもう。



「クリスマスは、お前が行きたい場所に行こう。」



所詮私もあの雑誌に書いてあったように手塚のこの笑顔に胸キュンしてしまうのだから、何でも許してしまうのだ。
手塚と一緒にどこに行こうかな。ゆっくりと目を閉じながら今年のクリスマスに想いを馳せた。
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