練習が終わった頃を見計らってコートに行くと鳳君がコートから出てきた。ラケットを脇にかかえて首から下げたタオルで汗を拭っている。
「鳳君。」
「藤咲さん。」
鳳君は私の姿を見るなり軽く頭を下げた。毎回思うけど彼は本当にいい子だ。
「宍戸さんならまだ中ですよ。」
「うん。」
「行ってあげたら・・・・喜ぶと思います。」
「・・・ありがとう、ちゃんと汗拭くんだよ。」
「はい。」
私はそう言うと鳳君の横を通ってコートの中に入った。いつもこのコートには人が一杯だ。中も外も。そのコートに今2人しかいない。私と、宍戸だ。
「宍戸。」
コートに座る宍戸に声をかけるが、返事はない。肩で息をして頭にタオルを被っている。
全国大会、宍戸は試合に勝ったものの、チームは敗退。みんなの夏が終わった。勿論宍戸の夏も。
「三年生は引退したんじゃないの?」
「・・・他の奴らも来てるだろ。」
「こんな遅くまではやってないよ。」
宍戸はタオルを取るとようやく私の方を見た。私はそんな宍戸の横にしゃがむと、近くにあったボールを手に取る。
「鳳君は本当にいい子だね。」
「あぁ、あいつと若と樺地が次の氷帝を背負ってくんだ。」
宍戸はそう言うと持っていたラケットをコートに置いた。夏が終わって秋が来る。秋が終われば冬が来る。春がくれば私達三年生は卒業だ。次は日吉君達がチームを作っていくんだ。みんなそれを分かってる。分かってて宍戸も今この場にいるんだ。
「あ、そうだ。」
「何だよ。」
「今日宍戸の誕生日だね。」
「あ、そうだったか?」
「プレゼント貰ってたじゃん。」
「あぁ、そう言えば・・・・・。」
宍戸はそう言って頭をかいた。所詮レギュラーは人気がある。跡部君を筆頭に鳳君も。勿論宍戸も。
私は手の上でボールを転がすと、転がっていた宍戸の帽子の中にそれを入れた。そして帽子のつばを持って宍戸に渡す。宍戸は驚きながらもそれを受け取る。
「はい、誕生日プレゼント。」
「は?これが?」
「うん。」
宍戸はそう言って帽子の中のボールを手に取った。そしてしばらくそれを見つめた後に、ぷっ、と吹き出した。
「プレゼントって、お前、これはねぇだろ。」
「嘘、冗談。ちゃんと他にちゃんとプレゼント用意してあります。」
「へぇ、お前にしては準備いいじゃねぇか。」
「お前にしては、ってどういう事?」
「冗談だよ、冗談。」
「そんな事言う奴は・・・えい!」
「うおっ!」
笑っている宍戸の背中に思いっきり抱きついた。宍戸は前に倒れるもすぐさま元に戻ると、私を振り払いもせずに何を思ったかいきなり立ち上がった。今度は私が変な声を出す番に。気づいたら宍戸の首にぶら下がっている状態だ。
「重い。」
「何だと!」
「冗談だよ。」
宍戸はそう言うと首に回っていた私の手をぽんぽんと叩いた。私は思わず手を離してしまい、浮いていた足はまた地面に戻ってきてしまった。宍戸はそんな私を見てまた笑うと、帽子に入っていたボールを取り出すとポーンと高く上に投げた。夕暮れの紫がかった空にボールが吸い込まれていく。
「蝶子。」
今度は宍戸が私の名前を呼ぶ。ボールから宍戸に視線を戻すと、自分の帽子を私に被せた。やや大きめのそれは私の視界を遮っている。慌てて帽子に手をかけようとすると、宍戸に肩を引かれた。つまりは宍戸に片手で抱きしめられていた。
「宍戸、」
「ありがとな、蝶子。」
何に対してかは分からないけどお礼を聞くと、空に投げたあのボールが私達のちょっと向こうに戻ってきた。何回か跳ねるとネットの側で止まった。それをぼんやり眺めていると宍戸が今度は背中をぽんぽんと叩いた。そして私から帽子を取ると、いつものように帽子を被った。そしてラケットを拾うと、ネットに転がったあのボールをラケットで拾い上げる。
「宍戸。」
「何だ。」
「忘れてた、誕生日おめでとう。」
「・・・ありがとよ!」
そう言って笑った宍戸は私の好きな宍戸だった。
2013 Birthday.
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