幸村精市という男はとても強い。でも弱い。
丸井君は「花壇にいる時の幸村君は隙だらけ」と言っていた。
でもコートに立てば彼は誰よりも強い。その強さは神の子と呼ばれるほどだ。
そんな彼に告白をしOKをもらって、付き合い始めた事は私にとって奇跡だった。
一緒に花壇の手入れをして、強く優しいその瞳に吸い込まれそうになった。
「幸村から連絡は?」
「・・・・ない。」
「・・・そうか、俺も部活終わったら言ってみるからよ。」
幸村君が病気で倒れた。
それを聞いたのは同じクラスのジャッカル君からだった。しかも3週間もたってから。
電話をしてもつながらない。聞こえてくるのは機械音と聞きなれた女性の声。
「す、すみません、蝶子先輩。」
ジャッカル君と丸井君につめよってなんとか病院名を聞き出す事に成功した。私は駆け足で病院に向かう。受付で幸村君の部屋を聞いて部屋に向かうと、お見舞いにやってきた切原君が病室の前に立っていた。
そして私に弱弱しくそう言うと両手を広げる。
「蝶子先輩だけはどうしても入れないようにって言われてるんです。」
「な、何で?」
「・・・・会いたくないって、部長が。」
「・・・・・・・。」
そう言った切原君の向こうのドアはやけに静かで、呆然とそこに立ち尽くしても一向にそのドアは開かなかった。
そして私は病院に行くのをやめた。電話をかけるのをやめた。花壇の手入れも・・・・やめてしまった。
主のいなくなった花はみな萎れている。それは今の幸村君のようでもあって、私の心でもあった。
「退院したぜ、幸村君。」
夏。それを聞いたのは丸井君だった。
私は急いで花壇に向かう。そこには枯れた花はなかった。また綺麗に太陽に向かって咲く、花があった。
「久しぶりだね。」
「幸村君・・・・。」
顔を上げると、少し離れた所に幸村君がいた。じょうろで水をやりながら微笑む姿は、前の姿のままだ。
「蝶子ちゃん、帽子被らないと倒れるよ。」
「ありがとう。」
久しぶりに名前を呼ばれた気がする。
なんだか泣きそうになって、私は下を向く。
「じゃぁ、私は」
「待って。」
踵を返そうとした私の腕を幸村君が掴んだ。そして引き寄せる。
気がつけば私は幸村君の腕の中にいた。
途端に涙が溢れてきて、私も彼の背中に腕を回す。
「会いたかった。」
「俺も、会いたかった。」
「でも、」
「弱い俺を、君に見せたくなかったんだ。」
そう言ったその言葉は、強い。
顔を上げると、花のように咲く笑顔の幸村君がそこにいた。強く優しいその瞳にまた吸い込まれそうになる。
「君がいないと、ダメだ。」
「・・・幸村君。」
綺麗な瞳がゆっくりと細くなる。
「幸村君は、強いね。」
「君がいるから、強くなれるんだよ。」
小さく私の耳元でそう言った幸村君を、私もまた抱きしめた。
彼は強い、とても。
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