「何これ。」
ヒカル君がそう言って何かを拾い上げた。
見ればそれは筒状のものでとっても見覚えのあるものだった。
「あ、私の。」
「お前の?」
「そう、リップクリーム。これ今流行ってるやつでね、天然成分なんだけどすごくいい匂いがするの。」
「ふーん。」
そう言ってピンクの小さい花がデザインされているリップクリームをヒカル君はまじまじと見つめている。そしておもむろにキャップを外して鼻を近づける。
「なんか、フローラルな感じだな。でもまぁ、嫌な匂いじゃない。」
「でしょ?付けた後もそんなにベタつかないし、それにね?そのシリーズで色付きのやつもあるんだけど、学校で使うにはあれなんだけどそっちも綺麗な色で、」
「本当だ、そんなにベタつかないな。」
ん??
そう言ったヒカル君を見れば、彼は私のそのリップクリームを自分の唇に塗っていた。
わぁ、なんか、モデルさんみたい・・・。
「帰ったら姉貴に勧めてみ、痛っ!」
塗り終わったヒカル君の頭にテニスボールが直撃した。頭を擦りながら振り返るヒカル君越しに黒羽先輩と樹先輩が見えた。黒羽先輩の手にはテニスボールが。
「何バネさん、もしかしてリップでご立腹・・・痛っ!ボール投げないで!」
「つまんねぇ!」
「ダビデ、人の物を勝手に使っちゃダメなのね。」
「・・・何で?」
「ダビデは抵抗なさそうだもんな、間接キスとか。」
きょとんとしているヒカル君の後ろから佐伯先輩が現れた。まったく気づかなかったので、ヒカル君も私もビックリ。
というか言われてみたらそうだ。か、間接・・・。
佐伯先輩はヒカル君に当たったテニスボールを拾うと黒羽先輩の方にぽーんと投げ返した。そして彼の手から私のリップクリームを奪うとにっこりと微笑んだまま私の前にやってきて左手で顎をすくわれた。
「せ、先輩・・・。」
「はい、動かない。」
佐伯先輩はそう呟くとそのまま私の唇ににリップクリームを優しく1周させた。間接キスどころの騒ぎじゃない。
そしてキャップを閉めると私の手にリップクリームが戻ってきた。こんな状況を絢ちゃんに見られたら一大事だ。
「うん、可愛い可愛い。」
「ちょっとサエさん。」
そう言った佐伯先輩の肩をヒカル君が引いた。と、思ったら帰ってきたリップクリームがまたヒカル君に奪われた。そして小さくポンと音がしてまたキャッが開く。
「面白そうだから、俺もやりたい。」
「え!?」
ヒカル君はそう言うと問答無用で私の顎を左手ですくいあげた。何この展開!?
そして佐伯先輩の時よりも顔を近づける。
思わず目を瞑った私の唇に、リップクリームが1周。そして柔らかいものが触れた。「あ!」と先輩達の声も聞こえた。恐る恐る目を開くと、何だか満足げなヒカル君と目が合った。い、今のは・・・。
理解出来ずに1人パニックになっていると、ヒカル君と今度は佐伯先輩の頭にもまたテニスボールが直撃した。
「え、俺も?」
「当たり前です。」
「おいお前ら、剣太郎来ないうちに早く帰れ。甘ったるいのはリップの匂いだけで十分だ。」
「酷いなバネさん。」
ヒカル君はそう言いながら足元にあった私の鞄と自分のテニスバックを持ち上げた。
「あ、返す。」
ようやく返ってきたリップクリームを受け取ると、耳が若干赤いヒカル君が。
それを見て頭を摩っていた佐伯先輩が小さく吹き出した。
「照れるならやらなきゃいいのに、ね?」
「え、あの・・・。」
「・・・お疲れ様でしたー。」
そう言って佐伯先輩はヒカル君の肩をばしばし叩いたので、ヒカル君はそのまま歩き出した。私は何とも言えないまま先輩達にお辞儀をして急いでその背中を追いかけた。