「よぉ、瀬名。」
「あ、こんにちわ。」
コートの向こうから黒羽先輩が私に声をかけてきた。フェンスに近づけば、肩にジャージとラケットを担いだ黒羽先輩がやってきた。
「悪ぃな、ダビデサエと試合中なんだ。」
「け、見学しに来ただけなので、大丈夫です。」
「見学ねぇ。こっち来るか?」
「い、いえ!ここで充分です!!」
「そうか?」
見れば確かにヒカル君と佐伯先輩が打ち合っている最中だった。わぁ、凄い打ち合い。真剣に打ち合ってる姿はやっぱりカッコイイ。
『佐伯先輩の試合応援しに行ったら、投げキッスされた。』
昨日絢ちゃんが目をキラキラさせて。佐伯先輩は優しい人だからそんなファンサービスをしたのも納得する。
そんな事を考えていたら佐伯先輩と目が合った。佐伯先輩は私に手を降った後、なんと投げキッスをした。ハートのエフェクトが見えたような気がした。呆気に取られていると黒羽先輩から「うわぁ」と声が洩れる。
「サエの奴何考えてんだ?」
「えっと、ファンサービス、では?」
「ファンサービス??」
黒羽先輩は何ともしぶい顔でそう言うと、手で払う仕草をした。
未だに手を振り続けている佐伯先輩に軽く会釈をすると、黒羽先輩の後ろからヒカル君が現れた。額にはうっすら汗が見える。
「バネさん、次。」
「何だ、もう終わったのか?」
「・・・一応勝ってきた。」
「お、やるじゃねぇか。」
声を上げて笑う黒羽先輩と対照的にヒカル君はいつもの表情でラケットを肩に担いだ。
「ってかお前、さっきのサエのやつ見たか?」
「投げキッス?」
「そうあれ。ファンサービスにしたって、あれはねぇよ。ほら見ろよ、鳥肌。」
「なげー気がする投げキッス、ぷっ。」
「下らねー!」
黒羽先輩はそう言ってヒカル君のスネを蹴った。「いっ!」と呟いてスネをさするヒカル君に思わず笑ってしまった。
「お前な、ダビデに甘すぎるぞ。」
「え?」
「いいの、こいつは。」
「数少ない理解者だからね。」
「数少ないは余計だ、サエさん。」
今度はヒカル君の後ろから佐伯先輩がやってきた。佐伯先輩はヒカル君と黒羽先輩にドリンクを手渡すと前にやってきて、フェンスに手をかけた。
「あ、バレンタインのチョコありがとう。美味しかったよ。」
「あ、喜んでもらえて良かったです。」
バレンタインは絢ちゃんと共同で男子テニス部にチョコを渡した。どうやら喜んでもらえたみたいだ。絢ちゃんに後で報告しなくちゃ。
「バレンタインのお礼、受け取ってくれた?」
「お礼、ですか?」
「そ、さっきの投げキッス。」
佐伯先輩がそう言うとヒカル君と黒羽先輩がそろってむせた。
今だむせる2人に佐伯先輩が振り返りながら「大丈夫か?」と声をかける。
「お前、見ろ鳥肌!!」
「わぁ、見事だね。」
「・・・ファンサービスじゃないの?」
「あはは、氷帝の跡部じゃないんだから。」
佐伯先輩は爽やかに笑うと、「ごめんごめん」と黒羽先輩の腕をバシバシ叩いた。
・・・というか佐伯先輩の投げキッスはファンサービスじゃなくてバレンタインチョコのお礼、という事を絢ちゃんに報告しないと・・・。
すると佐伯先輩は私の方を見るとまたニコっと笑った。そしてヒカル君に手招きするとヒカル君に何かを耳打ちした。そして固まるヒカル君。
「何話してんだ。」
「ん?じゃあ、仕方ないからバネさんだけ特別に教えよう。」
佐伯先輩はそう言って今度は黒羽先輩に耳打ちした。そして私の方をちらっと見た黒羽先輩は、ニヤッと笑う。
「はーん、なるほどな。」
ハテナマークが頭に浮かぶ私に黒羽先輩はそう言うと、ヒカル君の持っていたドリンクを奪ってその背中を押した。
佐伯先輩は後ろに下がったのと入れ替わるようにしてヒカル君がフェンスに手をかけた。そして振り返ってる彼に先輩2人は何かを催促。ヒカル君は渋々と言った感じて私を見ると、「あー」とか「うー」とかを繰り返す。
「ヒカル君?」
「・・・部活終わるまで待ってて。ファミレスでバレンタインメニュー奢るから。」
「あ、うん。」
「・・・。」
「・・・。」
無言のまま見つめ合う形になるヒカル君と私に、先輩2人の視線が突き刺さる。
ダジャレ??ダジャレ考えてるのかな???
「おーいみんなー、集合ぉーー!!」
その時コートの奥から葵くんが呼ぶ声が響いた。後ろの先輩2人が振り返る。
「・・・雪。」
「な、何?」
小さく名前を呼ばれると、ヒカル君が私に向かって投げキッスをした。今度は私が固まる番だった。
するとヒカル君は直ぐにくるりと私に背を向けると葵くんの方に走って行ってしまった。
瞬きを数回した私に佐伯先輩と黒羽先輩がお腹を抱えて笑い出した。
「ど、どうだ?ダビデのファンサービス??」
「えっ!?」
「ダビデ、あんまりファンサービスとかしないから、かなりレアだよ。」
「あー、腹痛え。」
ふ、ファンサービス!?
「ちょっとぉー、2人も集合ぉー!!」
「はーい!」
「今行くー!!」
「瀬名さん、部活終わるまで部室で待ってたら?」
「それがいい、そうしろ。」
「は、はい・・・。」
「じゃあな。」
「またね。」
そう言って佐伯先輩と黒羽先輩はまた声を上げて笑いながら葵くんの元へ向かっていった。
その向こうではシュンとしたヒカル君の頭を樹先輩が撫でているのが見えた。
今だ唖然としているが心臓の音がうるさくなってきた私はとりあえずお言葉に甘えようと、男子テニス部の部室に向かって歩きだした。
そして部活帰り、何とも言えない表情で私の前にやってきて早々と私を連れて帰ろうとするヒカル君にまた佐伯先輩と黒羽先輩先輩は声を出して笑ったのだった。
VD2017.