今年もヒカル君の誕生日がやってきたが、今年は特別だった。レギュラー陣だけで木更津先輩とヒカル君の誕生日会と称してオジイさんの知り合いの合宿場で合宿をすることになったのだ。私はマネージャーさんに誘われて、そのお手伝いをする事になったのだった。
仕事内容はマネージャーさんの半分以下だったのだが、帰宅部の私はくたくた・・・。夜に開かれた誕生日会では途中で寝てしまうという大失態をおかしてしまった・・・。あぁ、明日はヒカル君の誕生日だと言うのに、情けない・・・。
そんな事を考えながら布団を敷いて寝る準備をしていたら、ケータイが鳴った。見ればヒカル君からメールだった。


《今からこっそり抜け出さないか?》


すぐ行く、とその文面に返信をして私は上着を引っ張ってこっそりと部屋を抜け出した。廊下を足早で歩いて、玄関に着くと靴を引っ掛ける。そしてゆっくり玄関のドアを閉めた。
すると少し向こうにヒカル君の姿があるのが見えた。彼はこっち、と口パクで言うとゆっくり歩き出した。私は靴を履き直して持っていた上着を羽織り彼の背中を追う。
ザクザクと砂浜の感触。まだ少し暗闇に目が慣れていないせいで足元がふらつく。



「誰にも見つからなかったか?」

「うん。」



そんな私を見かねてか、小さくそう言ったヒカル君は私の手を取る。少し冷たい大きな手に、待たせてしまったかもと少し後悔する。
ヒカル君と私はすっかり暗くなった砂浜を細い月明かりを頼りに歩いていく。波の音が近くなって、波打ち際まで来たのだと分かった。ようやく闇に慣れてきた目が、細い月明かりに照らされる波を捉えた。



「わぁ、綺麗。」

「ん?」

「ほら、月明かりでキラキラしてる。」

「・・・あぁ、綺麗だな。」



波打ち際を見つめた私にたいして、ヒカル君は何故か私の方を見ながらそう言った。思わず足を止める。



「・・・・波の事だよ?」

「お前じゃないのか?」

「私、何で?」

「雪の目も、月明かりでキラキラしてる。」



真顔でそう言うヒカル君に顔に熱が上がるのが分かった。視線を反らそうかと思ったけど、そういうヒカル君の目もキラキラしていてできなかった。
変わりに手を繋いでいない反対の手で今度は私からヒカル君の手を取った。



「あ。」

「ん?」

「誕生日、おめでとう。」

「早くないか?」

「早くないよ、ほら、時間ぴったし。」



私はそう言うと腕時計をヒカル君に見せる。彼は「本当だ」と呟くと、私の手を繋いだままくるっと手の甲を返して私を引き寄せた。バランスを崩した私はそのままヒカル君の胸に収まった。



「いいなぁ、こういうの。」

「こういうの?」

「1番に雪に誕生日祝ってもらえるの。」

「ふふっ、そうだね。」



笑ってそう言うとヒカル君が背中を丸めておデコをくっつけた。急に近くなった距離はこんなに暗くてもはっきり分かる私の大好きな顔だ。



「よし、お礼に俺のとっておきのダジャレを・・・。」



その時ヒカル君の頭にカコーンと空き缶が当った。



「こら、バネ!」

「だってあいつが!!」

「ちょっと2人共聞こえてるよ。」



驚きに目を丸くさせて私から離れたヒカル君は、飛んできた空き缶を拾うとまたそれを投げ返した。それには私が驚く番だった。



「この野郎、ダビデ!!何しやがる!!」

「それはこっちのセリフ!!」

「ダビデがいい雰囲気をぶち壊そうとするからだよ。」

「サーエ。」



目をこらして見れば、佐伯先輩と黒羽先輩そしてマネージャーさんの姿が。
ヒカル君はそんな3人の姿に大きくため息を付いた。



「それにこんな真夜中に女の子を連れ出すなんて、いくら誕生日だからってそれはダメだよ。」

「サエさんだって、瑠璃さん連れてるじゃないっすか。」

「俺と瑠璃はロミオとジュリエットだから、良いんだよ。」

「はぁ?」

「とにかく、もう十分だろ?寒いし明日も早ぇんだから、寝るぞ!」



黒羽先輩はそう言うと踵を返して先に戻って行ってしまった。
ヒカル君は頭をかくとまた私の手を取った。



「・・・仕方がない。」



そしてそう呟くと、歩き出した。私も歩き出して、佐伯先輩とマネージャーさんの横を通り過ぎる。



「・・・いつか。」

「ん?」

「いつかまた、最初に祝って。俺の誕生日。」

「・・・うん。」



小さな言葉に小さく返事をすると、どちらともなく握る手に力をこめた。



2015.11.22. Birthday



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