夏祭りにヒカル君を誘ってみた。夏休みは部活の練習で忙しいのは知ってたので、「疲れてなかったら」とか「他に用事がなかったら」とか付け加えていたら笑いながらも即答で「いいぞ」と言われた。それを見いていた佐伯先輩に思いっきり笑われた。
そして花火大会当日。マネージャーさんに相談にのってもらって気合いを入れて浴衣を着た。淡い水色に赤い金魚が描かれた浴衣。何だか私には少し大人っぽい気がする。
ヒカル君も浴衣姿だった。藍色に白いラインの浴衣。浴衣姿も様になってるなぁ。隣を歩き始めながらヒカル君を横目で見る。
「雪、はい。」
我にかえるとヒカル君が綿飴の袋を私に差し出していた。反対の手にはりんご飴も見える。
「え、あ、ありがとう。くれるの?」
「あぁ。」
「いくらだった?」
「金はいい。」
「え、でも・・・。」
「お前は遠慮しすぎ。」
ヒカル君はそう言うと私に綿飴の袋を握らせると私の頭を撫でる。そしてゆっくりまた歩き出す。綿飴の袋には今流行りのキャラクターが。
袋をちょっと開けて塊から綿飴を一口千切って口に運んだ。
甘い。
そう思って少し離れてしまったヒカル君の背中を追う。
『もしかしてダビデに遠慮してる?』
笑い終わった後佐伯先輩がこっそりと私にそう言った。私が首を横に振ると、佐伯先輩はチラッと髪を整えてるヒカル君の方を見てから私に微笑んだ。
『もっと甘えてもダビデは大丈夫だと思うけど。』
『え、いや、もう十分わがままも言ってますよ・・・。』
『そう?でももっと甘えてもいいんじゃない?』
『・・・。』
「雪。」
また名前を呼ばれて我にかえると、さっきまで離れていたヒカル君が目の前にいた。ちょっと身をかがめて私の顔を覗き込んでいる。
「どうした?気分でも悪くなったか?」
「ううん、絶好調です。」
「そうか。」
「あ、ヒカル君綿飴食べる?」
ごまかすように綿飴の袋の口を開けると、「じゃあ」と言ってヒカル君が綿飴を千切ると口に運ぶ。
『遠慮してると、夏が終わっちゃうよ。』
あの後の佐伯先輩の言葉を突然思い出した。
私はとっさにヒカル君の浴衣の裾を握る。
「雪?」
「・・・プール、」
「プール?」
「プール、行きたい。」
「・・・今から?」
「今から、じゃなくて・・・・。」
言いたい事は一杯あるのに、うまく言葉にできない。
プール行きたい。花火したい。水族館行きたい。それからそれから・・・・夏が終わるまでにまだまだある。
「ヒカル君と、2人で。」
ようやく絞り出した言葉はへんてこなものだった。案の定ヒカル君はぽかんとしている。あぁ、もう。私は恥ずかしさを隠すようにヒカル君の肩に顔を押し当てた。
「・・・はぁ。」
一瞬強張ったヒカル君がため息に似た声を出したので、視線だけ彼の方を向けてみたら少し赤い顔のヒカル君の視線とぶつかった。
「プールだけ?」
「へ?」
「遊園地、水族館、海、肝試しもいいかもな。」
「・・・一緒に行ってくれる?」
「他に誰がいるんだ。」
そう言って優しく私の頭を撫でたヒカル君に涙が出そうになった。浴衣の裾を握っていた私の手がほどけて温かくて大きくて優しい手に包まれる。
顔を上げると、一気に距離が近くなる。
「俺だけお前に甘えたら、不公平だろ・・・・。」
「・・・そうなの?」
「そうなの。」
「そうなんだ。」
「・・・・はぁ、上手いダジャレも浮かばない。」
ヒカル君は低くそう言うと私にキスをした。
ゆっくりと離れながら瞳も優しく細くなる。
「・・・浴衣可愛い。本当の金魚みたい。」
「ひ、ヒカル君も。モデルさんみたい。」
「それは、何と言うか・・・複雑。」
複雑なんだ。その言葉に思わず吹き出すと、もう一度キスをした。キスの味は甘い綿飴の味がした。