「よし、今日はこれぐらいにしとくか。」
「はい。」
置いてあったタオルを取ってそのまま首にかけると、宍戸さんに頭を下げた。ラケットを肩に担いだままやってきて、宍戸さんもタオルで汗を拭いながら俺の右肩に手を置いた。
「大丈夫か?」
「え?」
「・・・何でもねぇよ。ほら、あいつ待ってるぞ。」
そう言って宍戸さんがまた歩き出す。向かう方には雪さんが。俺も宍戸さんの背中を急いで追う。
「待たせて悪かったな。」
「・・・ううん。」
雪さんは宍戸さんにそう言うと、まっすぐ俺の前までやってきた。そして俺の腕を掴むと歩き出す。
「え、雪さん?」
「じゃあね、宍戸。」
「おう、またな。」
「あ、ありがとうございました。」
宍戸さんに短めにお礼をする俺をよそに雪さんの足は止まらない。前を歩く彼女の表情は見えない。さっきから何も言わない雪さん。怒っているんだろうか?もしかしたら俺が知らないうちに何かしてしまったのかもしれない。
しばらくしてたどり着いたのは保健室。雪さんはドアを開けるが先生ももう帰ってしまったらしく、部屋には誰もいない。雪さんはそのまま手前のベッドに俺を座らせた。
「長太郎君。」
「は、はい。」
「・・・脱いで。」
「え!?」
雪さんの言葉に驚いていると、彼女が俺のジャージの上着を脱がせた。恥ずかしさよりも驚きの方が勝っていて、雪さんの手を掴む。
「ちょ、ちょっと待って下さい!どうして、」
「だって肩!」
その言葉で彼女が何をしようとしようとしていたのかが分かった。
いつの間にか雪さんの目には涙が溜まっていて今にもこぼれ落ちそうだ。
「さっき、サーブ打った後、肩押さえてた。」
「・・・・それは、」
「後半ずっとそうだった。」
「・・・・・。」
「練習するのは悪い事じゃないよ?でも長太郎君は無理、しすぎだよ。」
そう言った雪さんの目から涙が流れ落ちて、雪さんはベッドに膝を付いて俺に抱きついた。
確かに後半サーブを打った後に鈍い痛みを感じていた。でもこの痛みは練習には付き物の痛みだと思った。宍戸さんも皆さんも、きっとあの跡部さんだって、きっと。
「あれぐらい、平気です。雪さんが心配するような事じゃ、」
「心配するよ!心配ぐらい、させてよ・・・・。」
前に雪さんはどんな時に泣くんだろう、と考えた事があった。
でも今彼女を泣かせているのは間違いなく俺で、なんだかむず痒い。泣かせているのに嬉しく思ってるなんて内緒にしておこう。
今度は俺が雪さんの腕を掴むと、彼女の涙を手で拭った。
「・・・笑ってる。」
「すみません。」
「気づいてないかもしれないから言うけど、宍戸も気にかけてるんだからね。」
「・・・・はい。」
そこでようやくさっき宍戸さんの言いかけた言葉の意味が分かった。
優しい先輩に囲まれて本当に俺は幸せ者だ。
「雪さん。」
「ありがとうございます。でも本当に、今はもう何ともないですから。」
「・・・でもやっぱり心配だからアイシングしよう。それか湿布。」
「・・・分かりました。それで気が済むなら、どうぞ。」
俺がそう言うと雪さんは俺から離れて、棚から湿布の箱を取り出した。目をこすりながら戻ってきた彼女に、愛しさがこみ上げてくる。
「雪さん。」
「何?」
箱の中からそれを取り出そうとする彼女の手をまた掴んだ。そのまま引き寄せて唇に軽くキスしたら、いつものように顔を赤くする雪さん。
「好きです。」
そう言ったら赤い顔で雪さんに持っていた湿布を投げつけられた。
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