私の部屋にはハートのクッションがある。私が抱えるぐらいの大きさの赤いハートのクッション。これは誕生日に絢ちゃんからプレゼントされたものだった。肌触りもよくてふわふわで・・・。
そんなクッションを抱きしめながら横になって寝ている彼に、思わず持ってきたウーロン茶をこぼしそうになった。
「びっくりした・・・・。」
部屋のドアを開けたら横になっているヒカル君の姿が。さっきまでは教科書とにらめっこをしていたはずなのに。ゆっくりウーロン茶ののったトレイを机の上に置くと、そっと彼に近づいてみる事にした。
「・・・寝てる。」
前に保健室で見たときのようにすやすやと気持ちよさそうに寝息を立てている。そういえばあの時は起きてたんだっけ。思い出したので今回はヒカル君の前で手を振ってみた。起きる気配はない。
「・・・・。」
間もなく期末テスト。部活も一週間前からなくなるから、ヒカル君と勉強をしようという事になった。何でも赤点が一つでもあったら特別練習メニューをやらなくてはならないらしい。
私は小さく畳んだブランケットを引っ張り出す。
ちょっと寝させてあげよう。うん。
ブランケットを広げてヒカル君にかけようとしたら、手首を取られた。誰に、なんて分かりきっている。ヒカル君だ。
「お、起きてたの?」
「・・・・・・。」
ゆっくり目を開けたヒカル君は私を見つめながら目を何回かぱちぱちとさせた。若干眉間に皺がよっている所を見ると、今起きたのかもしれない。
「・・・・寝てた?」
「うん。」
私が頷くとヒカル君は反対の手で体を支えながら少し起き上がった。ハートのクッションがコロンと隣に転がる。
「悪い、借りてた。これ。」
「ハート似合うね。」
「誰が?」
「ヒカル君が?」
「・・・・複雑。」
そう言って小さくあくびをするヒカル君。私の手首から手を離すとハートのクッションをまた手にとって両腕に抱きかかえる。その姿はやっぱりなんだか可愛い。
「ヒカル君。」
「何だ。」
「・・・・何でもない。」
離れた手に少し寂しさを感じるのは、私だけの秘密だ。
夏がくる。夏には全国大会が控えているから、ヒカル君達テニス部は練習漬けだろう。勿論応援に行くつもりではいるが、会える時間は減る。だから秘密。今隣にいるのに寂しいなんて、変だから。
「雪。」
「何?」
ヒカル君が私の名前を呼んで、私の膝に抱えていたハートのクッションを置いた。そしてゆっくり起き上がると、私の手を取った。
「・・・・何でもない。」
そう言ったヒカル君は私の肩に頭をもたれた。急に近くなった距離にさっきの寂しさは一気に引っ込んでしまった。
「お祭り、行きたい。」
「えっ、うん・・・。」
「プール、行きたい。」
「うん。」
「海、行きたい。」
「うん。」
「全部、お前と、」
「姉ちゃん。」
ヒカル君の言葉と重なるようにドアから弟が入ってきた。流石に二人とも驚いて、ヒカル君はまた私の横に寝転がる。
「英和辞典貸してって・・・・何やってんの?」
「のっ、ノックぐらいしてよ!」
「した。気づかなかった?」
「・・・と、とりあえずはい辞典。ヒカル君寝てるから、静かにね。」
「ふーん。」
弟は私とヒカル君を交互に見ると、私が差し出した辞典を手にした。そしてゆっくりドアを閉める。
「サンキュ、後で返しにくる。」
「後でね。」
「じゃ、ごゆっくり。」
弟はそう言うとパタンとドアを閉めた。視線をドアから横たわるヒカル君に移せば、くるりと体を私の方に向けた。
「ご、ごめんね。」
「いや、気にするな。」
ヒカル君はそう言うとゆっくりまた起き上がった。そして2、3回頭をかくと私の頭を撫でた。
「とりあえず、赤点回避しないと夏休みが来ない。」
「そう、だね・・・・。」
「テストで手ストップしないように、勉強しないと。」
「あ、上手い。」
「ふっ。」
そう言いながら二人してまた机に向かう。
ヒカル君から戻ってきたハートのクッション。さっきヒカル君が言いかけた言葉がこの中に入っているような気がする。そう嬉しくなりながらそれをまた膝の上に置いた。
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