クリスマスが近付いてきたが、コンクールの試作品作りは一向に進んでいなかった。先輩やオーナーのアドバイスを受けてはいるが、もやもやとした日々が続いていた。
そんなある日。


ピンポーン。


家のインターホンが鳴った。私は書きなぐっていたペンを放り出すと立ち上がり玄関に向かう。
引越してきてから何だか色んなことがあるので、覗き穴を除く。
誰もいない。


ピンポーン。


しかしインターホンは鳴る。え、もしかして幽霊?!今まで気にしていなかったけど、ここはもしかして事故物件なのでは!?と思ったものの私は考えをやめてゆっくりとドアを開くことにした。すき間から除くと、やはり、いない・・・。


「・・・あれ?」


鈴のような声がした。視線を下に向ければそこには女の子が。体は透けていない。幽霊ではないみたいだ。
しかし何故女の子が???


「・・・ダビデくんの彼女さん、ですか??」

「へ?」


ダビデ??その名前どこかで・・・。


「もしして、ダビデさんというのは、天根ヒカル、さんの事、ですか?」

「!そうです!」


そう言えばこの前会った黒羽さんが彼をそんな風に呼んでいたような・・・。


「えっと、天根さんなら隣の部屋ですよ。」

「あ、ごめんなさい!まちがえました・・・。」


女の子は頭を下げると隣の部屋のドアに向かった。5・6歳の女の子。ミルクティ色の綺麗な髪に白いモコモコしたコートの下から見える黒いズボンに茶色のムートンブーツ。コートのフードにはウサギの耳が付いている。そして小さな背中に似合わないようなやや大きめの灰色のリュック。
幽霊ではなかったけれどお隣さん、天根さんのファン?という感じではなさそうだ。じゃあ知り合い??
女の子は背伸びをしてインターホンを押す。押す。また押す。しかし一向にドアが開く気配はない。途端に女の子の顔が不安に曇っていく。な、なんか泣きそう?
私は部屋から出てドアを閉めると思いきって女の子に声をかけた。


「よかったら、その、天根さんが帰ってくるまで待ってる?」



ホットココアを作りながら後悔した。机の向こうにはちょこんと座るあの女の子。モコモコのコートの下は襟元にレースがしてあるシンプルなオフホワイトのワンピース。そう、あのまま彼女を放置する事が出来ずあの言葉の通り私の家に上げてしまった。断じて誘拐ではないのだが、不在とはいえ勝手に女の子を上げてしまったので何だが少し後ろめたい。
というかこの女の子は一体?・・・まさか隠し子???いや、まさかね・・・。
とにかく、早く天根さんが帰ってくるのを願うばかりだ。
相変わらず表情は暗い。不安なのだろう。確かに知らない人の家だし・・・。


「あー、もしあれだったら、お家の方に電話する?私のスマホ貸してあげるよ?」

「・・・・・・。」

「もしくは天根さんに電話してみる、とか??」

「・・・・・・。」


女の子は私のどちらの言葉にもただ首を横に振った。するとみるみるうちに大きな瞳に涙が溜まっていく。本当に悪いことをしている気分だ。
慌ててココアを女の子の前に出すと、彼女はゆっくりカップに口を付けた。それを見て妙にほっとしてしまった。


「・・・家出してきました。」

「家出??」

「パパがわたしのはなしを聞いてくれなくて・・・。」


話をしながら女の子は背負っていたリュックから何かを机の上に置いた。ビスケットだ。それに金平糖とチョコレートも。


「ダビデくんならかくまってくれると思って・・・おかしも持ってきたんです。」

「・・・いないと思わなかったんだね。」

「・・・・・・。」


また溜まり始める女の子の涙。どうにかこうにかこの話から話題を変えたほうがよさそうだ。私はふとビスケットでとある事を閃いた。


「あなた、ケーキは好き?」

「・・・好きです。」

「じゃあ私がこれでケーキを作ろう。」

「これで、ですか?」


これと言うのはビスケットと金平糖。そしてチョコレート。


「そう、待っててね。」


私は立ち上がり冷蔵庫から残っていた生クリームと牛乳、フルーツ。そして深めのバットを持って来てテーブルに置いた。女の子は頭にはてなマークが浮かんでいるみたいだ。
まず、ビスケットを牛乳に浸す。少ししんなりしたらバットに敷き詰める。その上に生クリーム、フルーツ、牛乳に浸したビスケットを交互にのせる。そして最後に余った生クリームを塗る。


「後は金平糖とチョコレートを置いたら完成だよ。やってみる?」

「わぁー!いいんですか?」

「勿論。」


完成間際のスコップケーキを前に女の子の涙はすっかり引っ込んだようで、変わりに大きい瞳がキラキラと輝いていた。どうやらお気に召したようだ、よかった。



「冷やすともっと美味しくなるよ。クリスマスケーキ、にはちょっと物足りないかもしれないけれどね。」

「おねえさん、まほうつかいさんですか?」

「魔法使いではないけど、お菓子職人、かなぁ?」

「すごい!」


ピンポーン。


その時私の家のインターホンが鳴った。女の子はケーキの飾り付けに夢中みたいだ。私はそれを横目に見ながら玄関へと急ぐ。覗き穴を除いて驚いた。
天根さんだ。急いでドアを開く。


「いきなり悪いな。」

「いえ、私も実はすごく待ってました。」

「?そうなのか?実は折り入って頼みたい事があって・・・。」


天根さんがそう言いかけて、突然無言になった。そして「邪魔するぞ」と呟いて私の横をすり抜けて行った。


「さくら!!」

「あっ、ダビデくん!」


急いで戻るとそんな声が聞こえてきた。見れば天根さんの胸に女の子が抱き着いていた。小さな手が天根さんの服をぎゅっと握っているのを見て本当に安堵した。感動の親子の再開の場面のようだ・・・・・・やはりこの子は隠し子なのか??


「無事でよかった。サエさんから連絡が入って、みんなずっと探してたんだ。」

「・・・。」

「本当に、無事でよかった。」


愛おしそうに頭を撫でる天根さんの表情。こんな表情もできるのか。女の子もついにポロポロと涙を零していた。その彼女を天根さんは優しく撫でる。


「迷惑かけたな。」


私に向いた視線もいつもよりも何だか柔らかくてちょっとびっくりする。


「いえ、とにかくお子さん見つかってよかったですね。」

「・・・何か勘違いしてそうだから一応言うが、俺のじゃない。先輩の子供だ。」


・・・あー、違ったんですね。なんかすみません。
暫くすると天根さんの胸から小さな寝息が聞こえてきた。女の子・さくらちゃんはどうやらそのまま眠ってしまったらしい。今度はその背中をとんとんと優しく天根さんが叩いている。


「喧嘩していなくなったって聞いて・・・。今日この後仕事だから、俺のところにもし来たら引き止めといて貰おうと頼みにきたんだ。」

「家出してきたって言ってたので・・・とりあえず引止めておいてよかったです・・・。」

「あぁ、助かった。ありがとう。・・・ん、これは?」

「作ったんです、スコップケーキ。」


天根さんがさくらちゃんが作っていたスコップケーキを見つめた。
金平糖が白い生クリームの上に1つだけのっている。天根さんはその金平糖を摘んで口に放り込むと、スマホを取り出した。


「明日は仕事か?」

「いえ、休みです。」

「なら悪いがこいつを今日泊めてくれないか?さっきも言ったがこれから仕事で・・・。明日の朝引き取りにくるから。」

「・・・分かりました。」

「連絡はさくらのケータイに入れる。」

「分かりました。」

「本当に、いろいろ悪いな。あ、もしもしサエさん?」


そして電話をかける。相手はどうやらその先輩・さくらちゃんの父親みたいだ。どうやらいろいろ説明をしているみたいだ。それを私はスコップケーキを冷蔵庫に入れるために立ち上がった。

 

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