それからモデルHikaruさんを自分なりに調べてみた。
スカウトされモデルになる。その後独自の雰囲気で多方向から注目される。以前は女性誌にも頻繁に出ていたが最近は男性雑誌をメインに活躍。ショーや取材などにはあまり出ず、プライベートは謎に包まれている。
・・・そんな彼が私の隣に住んでいるなんて、本当に驚くことばかりだ。というか実際に本人から聞いた訳ではないし、もしかしたら他人の空似かもしれないし・・・。
とぼんやり考えながらまた数週間が経ったある日。



ピンポーン


休日、コンクールの制作にいきずまったので久々に部屋でマドレーヌを作った。焼き上がりまでもう少しで先に洗い物を済ませている時だった。
鳴ったのはオーブンではなくインターホンのようだった。水を止めて急いで玄関に向かった。そして一応覗き穴を確認しようとした所で・・・なんとドアが開いた。



「よぉ、ダビデ!新居はどう・・・。」

「・・・。」

「・・・。」



ゴンと音と共におでこに鈍い痛みが。ドアが開きおでこに直撃。地味に痛い・・・。
そして見上げればそこには長身の男性が。


「あー、ここは201号室だ。」

「え、はい・・・。」

「・・・申し訳ない、どうやら部屋を間違えたみたいだ。悪かったな。」


男性は短い黒髪をかくと頭を下げた。おでこをさすりながら私も思わず頭を下げると、男性は首を傾げながら階段を降りていく。ドアを閉めると今度こそオーブンの焼き上がりのチャイムが鳴った。
あの男性はどうやら部屋を間違えたみたい。まぁこの当たりはこういうアパートは沢山あるし、無事辿り着くのを祈るばかりだ。
と、そんな事を考えながら部屋に戻りミトンを付けてオーブンから焼きあがったマドレーヌを取り出す。貝の型からマドレーヌをケーキクーラーに上に取り出して冷ます。まずまずの出来だ。
そこでふととあるタッパーに目が行った。そうだこれはお隣の天根さんからおすそ分けに貰った肉じゃがが入っていたやつだ。彼はドアの横とかに置いておいていいと言われたが・・・。私は粗熱が取れたマドレーヌを2・3個小さい紙袋に入れると、上着を手にした。昨晩遅くに天根さんが帰ってくるドアの音がしたので、おそらくいるだろうと思い直接返すことにした。タッパーも紙袋に入れると部屋を後にした。
そして202号室の前に立ち、深呼吸をする。初めて挨拶に行った時と何だか似てるな・・・。そしてインターホンに手を伸ばした所で本日2回目の鈍い痛み。またドアにおでこをぶつけた。
ドアが開いたのだ。出てきたのはもちろんこの部屋の主・天根さん。


「こ、こんにちは・・・。」

「・・・。」

「あの、この前のタッパーを返しに、」


しかし、挨拶もそうそうに天根さんに右手首を捕まれた。驚く暇もなく腕を引かれバタンとドアが閉まるのと同時に体が後ろに倒れたのが分かった。
そして本日3度目の鈍い痛み。今度は後頭部。完全に頭を打った。しかし痛みよりもまずこの状況を整理したい。
・・・何故私は天根さんの部屋でに抱き着かれたまま玄関付近で倒れているのか??????


「・・・がする・・・。」

「へ?」

「・・・甘い匂いがする・・・。」


小さいが低い声がダイレクトに耳に届いているのはお顔が耳元にあるからです!!??そりゃ甘い匂いがするだろう、直前までマドレーヌ焼いてましたから!!パニック状態だがとりあえずここから逃げ出そうと彼の体を押してみるが・・・びくともしない!!!!
助けを呼ぼうにもスマホは部屋に置いてきちゃったし・・・というか天根さんのスマホが向からけたたましく鳴ってますけど!?


「おい、ダビデ!家にいるなら電話ぐらい出・・・。」

「・・・。」


その声と共にドアが開くと、先ほどの男性が登場。私と目が合った。もの凄く気まずい・・・。


「・・・ダビデの彼女、じゃなさそうだな。」

「違います、隣に住むもので・・・。というかいきなり彼が倒れて来て・・・。」

「倒れて来た?」

「はい・・・。」


男性は靴い顔をしながら靴を脱ぐと、天根さんの襟首を掴んで彼を持ち上げた。その隙に逃げ出すと、天根さんが男性をちらりと見て「げ」と呟いた。


「こんの、ダビデ!!!お前また何も食わないで倒れたんだろ!?!?」

「ちょっ、バネさん、何でここに?」

「良と淳にお前の新居聞いたに決まってるだろ。それとお前、悪かったな。ダビデが迷惑かけて。礼するからこっち来い。」


男性はそのまま天根さんを部屋の中まで引きずっていった。



「ご、ごちそうさま、でした。」

「おぅ。」


男性は黒羽春風さん。天根さんの幼なじみらしく、新居の場所確認も兼ねて様子を見に来たらしい。
その後黒羽さんお手製の野菜炒め(黒羽さんが買ってきた材料)をご馳走になった。大きめにカットされた野菜炒めは見た目はワイルドだったが味はとても美味しかった。倒れて来た天根さんはと言うと黒羽さん特製野菜炒めを食べ終え、私の斜め前で背中を丸めて正座しているので何だか小さく見える。


「悪かったな、こいつが迷惑かけて。」

「いえ・・・。」

「一人暮らし初めてから衣食住の食と住ますますずぼらになりやがって。」


食と住って・・・。だが確かに部屋はベッドにテレビに冷蔵庫、そして詰んである三つのダンボール。こう、あまり生活感がないように見える。食に関しては前のあれと今回ので体験済。


「お前ないい歳なんだから、いい加減自己管理をしっかりしろ!」

「・・・なぁ、これ、食ってもいいか?」

「・・・どうぞ。」

「・・・ダビデ、お前次やったらいっちゃんに言いつけるからな。」

「うっ・・・それは、まずいな。・・・努力する。」


いっちゃん??今度こそ彼女さんか??
天根さんは私の持ってきた紙袋からマドレーヌを取り出して紙袋の上に置き、一つ手にした。その顔はちょっと焦りが見える。相当怖い彼女さんなのかもしれない。
黒羽さんはそんな彼を見て大きくため息を付いた。そしてマドレーヌに手を伸ばして齧り付いた。


「お、美味いな。」

「お口に合って良かったです。」

「お前が作ったのか?」

「一応・・・。」

「へぇ、上手いもんだな。菓子職人みたいだ。」

「バネさん、パティシエだよパティシエ。でも本当に売ってるやつみたいだ。」

「まぁ、本職なので・・・。」

「!?そうなのか!?」

「え、はい・・・。」


私がそう言うと何故か天根さんが目をキラキラとさせながらマドレーヌと私を交互に見た。


「どこのケーキ屋だ?」

「えっと、」

「雑誌とか本とかに載るような所か?もしかしたら俺が知ってる所、あたっ。」


食い気味にぐいぐい来た天根さんの頭に黒羽さんが何かを彼の頭にスパーンと振り下ろした。それは雑誌??黒羽さんはその雑誌のようなものを机の上に放り出すと天根さんを睨んだ。


「困ってんだろ、それにお前そいつの店聞き出してまた奢ってもらうつもりだろ。」

「そういう訳じゃ・・・ってバネさん、これ・・・。」


頭をさすりながら天根さんがそう言った。見ればそれはフリーペーパーだった。し、しかも表紙のこの男性は、まさか・・・。


「・・・地域限られてるって言われたのに何で持ってるの?」

「昨日まで出張でな。その地域がちょうどこれの配布の地域だって剣太郎に言ったら、ダビデが載るからどうしてもって言われて。」

「・・・。」


ビルの前にラフな格好で佇む男性。それはあの雑誌の切り抜きのモデルさんと同一人物のように見えた。いや、同一人物だ。
ちらりと天根さんの方を見ればさっきまでのキラキラとした目はどこへやら、フリーペーパーを無視してまたマドレーヌに手を伸ばした。


「あ、こいつモデルやっててよ。」

「・・・バネさん。」

「Hikaruって名前、見たとこあるか?」


フリーペーパーを指先でトントンと指しながら黒羽さんが尋ねてきた。そこにはモデルさんの下にHikaruの文字。・・・やはり彼がモデルのHikaruさんだったらしい。
そして黒羽さんはマドレーヌを齧る天根さんをよそにフリーペーパーを開いて私に見せた。インタビューなどはなく、その地域の観光地を巡ったスナップ写真のようだった。


「そう、だったんですか。すみません、こういうの私疎いので・・・。」


ちょっと嘘だ。でも疎いのは本当で、「わー、本当にモデルさんがお隣さんとかあるんだー。」ぐらいにしか思ってない。
そう思いながらフリーペーパーを黒羽さんに戻すと、マドレーヌを食べおえたらしい天根さんと目が合った。


「・・・。」

「・・・マドレーヌ、まだあるんですけど食べますか?」

「・・・食べたい。」


私は立ち上がると焼いたマドレーヌを取りに自分の部屋に戻った。

 

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