あの後お隣さんの天根さんはバターケーキを食べ終え、食べたお皿を洗い、私が買ったばかりの小さいカラーボックスを組み立てて帰っていった。チャーハンとバターケーキのお礼だそうだ。正直いろいろ判明して驚いたことばかりだったが、そういう事が苦手な私にはカラーボックスを組み立ててくれたのは純粋に有難かった。



ザッハトルテ2種類。一つはスポンジの周りにだけににジャムを塗ったもの、もう一つはさらにスポンジの間にもジャムをはさんだもの。どちらにしよう・・・。仕事の帰り道ふと立ち寄った小さなケーキ屋の前で私は悩んでいた。ザッハトルテの上にはチョコレートで作った小さな音符が。コンクールの参考にもなるかと思ったが・・・。


「あの、写真撮っても大丈夫ですか?」

「どうぞ。」

「ありがとうございます。」


・・・結局両方を頼んでしまった。店員さんに許可を貰ってザッハトルテの写真をスマホで撮影。お店で食べたものや持ち帰ったケーキなどを写真とかメモにしてまとめるのが私の趣味のようなものになっている。今では雑誌の切り抜きなんかも同様で気に入ったお菓子の記事を職場の先輩がくれたりもする。


「あっ、Hikaruだ!」

「ヒカル?誰それ?」

「あんた知らないの?ヤバいよ、それ。」


斜め前の席の女性二人のそんな話が聞こえてきた。ショートの女性が前に座るアップの髪の女性に見ていた雑誌を立てて差し出した。


「これ、モデルのHikaru!」

「へー、かっこいい。」

「前は女性雑誌とかにも出てたのに最近めっきり見なくなったから辞めたと思ってたんだけどまだ活動してたんだ。」


そこには髪をかきあげ彫りの深い顔立ちの男性のアップが。どうやら男性用の香水の広告みたいだ。
・・・ん??見れば濃いキャラメル色のウェーブがかった髪。あれっ、どこかで・・・。


「・・・いや、まさかね・・・。」


私は話で盛り上がる女性達から視線をザッハトルテに戻すと、フォークを入れた。



しかし、私のまさかは本当にそのまさかだった。
家に帰ってケーキを書き留めているノートを開くと間からひらりと何かが落ちた。そうだ、先輩が見ていた男性向けファッション雑誌の特集記事に気になるケーキの記事があって見ていたらそのページを破いて私にくれたのをここに挟んでいたんだった。
机の下に落ちたそれを拾おうと手を伸ばした時だった。見つけてしまった見てしまった。モデルのHikaruさんとやらを。しかもその貰った記事の後ろ。そこに彼がいた。
先程見た彼とは違い、ビシッとスーツを着ている。その腕にはスマートな腕時計。彫りの深い顔立ちに濃いキャラメル色のウェーブがかった髪をオールバックにて少し俯いたように立っている。
これは、どう見ても・・・。


ピンポーン


その時インターホンが鳴った。急いで顔を上げると机に頭をぶつけた。いい音がしたし、じわじわ痛い・・・。私は急いで起き上がりぶつけた頭をさすりながら玄関に向かった。
ドアノブに手をかけて気づく。セールスとかだったら嫌なので覗き穴を覗こう。私は覗き穴を除いてみた。
そこには、お隣さんの天根さんが。何故!?!?


「ドアの音がしたから、帰ってきたんだと思って。」


開ければやはり天根さん。薄いピンクのパーカーに黒いスエット。そして何故か手にはタッパー。本当に何故???


「な、何か?」

「この前のお礼。貰いものだけど、俺一人じゃ食べきれないから、これよかったら。」

「・・・はぁ、ありがとうございます。」



しぶしぶタッパーを受け取るが、気づいてしまった。さっきの雑誌の切り抜きをまだ手に持ったままだった。しかもよりによってケーキの記事じゃなくてあの。
しかもそれを天根さんが、ガン見している。



「・・・・・・。」

「え、あ、これは・・・このケーキ気になって、職場の人に切り抜いてもらったんです・・・。」


我ながら酷い言い訳だと思ったが、天根さんは記事から私の方に視線を移すと「そうか」と小さく呟いた。そして踵を返す。
私は咄嗟にその背中に呼びかけた。


「あの、」

「・・・何だ?」

「え、えっと、あ、このタッパーは??」

「・・・ドアの横とかに置いておいてくれればいい。じゃあ。」


天根さんはそう言うと部屋に戻って行ってしまった。私もドアを閉めて部屋に戻るとタッパーと切り抜き記事を机に置いた。
・・・おそらく、多分、きっと、このモデルのHikaruさんとお隣さんの天根ヒカルさんは同一人物だ。だって同じ顔だし。他人の空似もあるかもしれないが、おそらくそうだろう。有名人のお隣さんなんて始めてだ。
貰ったタッパーの蓋を開くとそこには肉じゃがが。小さなジャガイモの欠片を口に含むと出汁の香りとジャガイモもほくほくが口に広がる。


「・・・もしかして彼女さんの、手作り??」


黒髪ロングの美人さんは男性だと言っていたけれど前に見かけたもう一人の黒髪美人さんが本当の彼女かもしれない。しかしおすそ分けとはいえこれ頂いていいのかな・・・。


「・・・コンクールのスケッチ、仕上げないと。」


私は頭を軽く振ると、タッパーに蓋をして冷蔵庫に向かった。

 

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