「手塚って君の事が好きらしいよ。」
「は?」
いつものにこやかな顔で、いつもの声で不二君がそう言った。
私はというと出したこともないような変な声を出してしまい、おまけに持っていた黒板消しを落としてしまった。おかげで足元にチョークの粉がかかってしまった。
「・・・・・・嘘だぁ。」
「本当だよ。」
「・・・本人から聞いたの?」
「いや。」
「じゃあ只の噂だよ。しかも嘘の。それにこんな噂、手塚君にも悪い。」
手塚国光君は学校の生徒会長、おまけにあの男子テニス部の部長。文武両道を絵に書いたような彼が、私みたいな普通の帰宅部なんかとたとえ噂だとしても失礼だ。
黒板消しを拾い上げると、私はまた黒板掃除を始めた。今日は日直。黒板を綺麗にするのが、私の今の仕事だ。
「噂でも嘘でもないんだけどなぁ。」
「エイプリルフール?ドッキリ?あ、罰ゲームだ。」
「・・・5さいちゃんって面白いよね。」
そう言ってくすくす笑う不二君を横目で見ながら、私はつま先立ちをして黒板の上に手を伸ばす。あぁ、女子にも優しい黒板になって欲しい。
「でも、最近君手塚とよく話してるの見るし。」
「それは、委員会の事で相談してたの。」
「それに手塚、君と話してると楽しそうだし。」
「楽しそう、なの?」
「君と話した日は明らかに機嫌いいしね。」
「機嫌いい、の?」
「うん。目がいつもより優しくなってる。」
「なって、るの?」
「だから間違いなく、手塚は君の事が好きだね。」
「・・・ないない。」
「そう?」
「そうだよ。だってあの手塚君だよ?」
手塚君とは本当に三年生になって委員会の集まりで話す程度だった。しかもその内容も活動報告だの困った事はないかだののあくまでも業務系の内容がほとんどだった。
・・・まぁ確かに手塚君は文武両道だし、真面目だし、イケメンだし、かっこいいと思うけど、そういう事に興味なさそうなイメージあったから、なんというか、意外。
でもあくまでもこれは不二君の憶測であって、噂のようなものなんだ。うん。きっと嘘だ。手塚君が私をなんて、そんな事・・・・・・。
「それに、5さいちゃんの前だと結構油断してるみたいだし。」
「嘘だー、あの手塚君だよ?」
「じゃあ試してみるかい?」
そう言うと不二君がはいつの間にか私の隣に来ていて、私から黒板消しを取り上げた。ぽかんとする私に不二君は黒板消しをあろうことか教室のドアの上に挟んだ。漫画とかでよく見るやつだ。
「え、何す、」
「そろそろかな。」
不二君がそう言ってドアから離れると、すぐにガラッとドアが開いた。そしてやってきた人物の頭の上にぽすっと黒板消しが落ちる。
「や、やぁ、手塚・・・・・・。」
笑いをこらえながら不二君がそう言うと、やってきた人物・手塚君が静かに頭に乗っていた黒板消しを取った。
「・・・・・・不二。」
「あはは、まさか、引っかかるとは、思って、なくて・・・ごめん手塚。」
手塚君は笑いの止まらない不二君を見てため息を付くと、眼鏡を上げた。そんな手塚君に不二君は何かを耳打ちすると、そのまま私に手を振って教室を出て行ってしまった。
手塚君は髪を数回手で払うと、私の方にやってきた。
私は不二君からの話の途中に来た彼をなんとも言えない気持ちで見つめる。
「話があったんだが、日直か?」
「うん・・・。」
「なら俺も手伝おう。」
「え!?あ、いや・・・。」
「遠慮する必要はない。それに、#苗字#、お前の背では上まで届かないだろう。」
「うっ・・・・・・お願いします。」
手塚君は黒板消しを握り直すと私の届かない黒板の上の方を綺麗に拭いてくれた。その間私は私は手塚君の肩に積もったチョークの粉を払うことにした。
「あぁ、すまない。ありがとう。」
「・・・ふふっ、手塚君でもこんな風に油断する事あるんだね。」
私がそう言うと手塚君の黒板を拭く手が止まった。あれ?もしかして私失礼な事言ってしまった??
私は回り込むように手塚君の近くに行くと、少し赤い顔の手塚君がいた。
「・・・そ、そう言えば、さっき私に話があるって言ってたよね!」
そう言えばもう1つあった黒板消しを手にして話を逸らすと、私も黒板の下の方を拭く事にした。
まさか、まさかね!噂、噂だもんね!
「い、委員会の事?もしかしてこの前提出した書類書き間違えてた?」
「いや、委員会の話じゃ・・・ない。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
思わず手塚君の方を向いたのがまずかった。いつもと違う、顔の赤い手塚君が、いつもと違う優しい瞳で私を見ていた。
「その、今度の花火大会、よかったら、一緒に行かないか?」
私の手から落ちた黒板消しが、今度こそ私の足をチョークの粉まみれにした。
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