家に帰ると鍵が開いていた。大学のそばに一人暮らしを始めてからちゃんと戸締まりを確認してから出かけるようにしている。まさか、空き巣?
恐る恐るドアを開けて家に入る。自分の家なのに恐る恐る入るなんて不思議な感じだ。
短い廊下から部屋に続くドアに手をかけて勢いよく開く。暗闇の部屋は驚くほど静まり返っている。私は唾を飲み込むと、電気のスイッチに手を伸ばし電気を付けた。見たところ荒らされている様子もなく、出ていった時と同じ様子だった。
ただ一つを覗いて。
壁に立てかけた見覚えのあるテニスバック。ファスナーに付いたキーホルダーにも見覚えがあった。



「・・・手塚。」



部屋には空き巣ではなく、手塚がいた。しかも私のベッドで横になっている。それを見てようやくそう言えば手塚にこの部屋の合い鍵を渡していた事を思い出した。
バックを定位置に置いてベッドに近づくと、小さな寝息が聞こえてきた。眼鏡も外さず寝るなんて珍しい。
私の彼氏でもある手塚国光は将来有望なテニスプレーヤーだ。今はドイツに行っているけど、まさか戻ってきていたとは。
みんなは手塚の事を真面目で隙のない奴だと思ってるみたいだけど、私はさしてそうは思っていない。現に今私の前に油断だらけの姿で寝ている姿からは普段の手塚は想像もつかない。
何でここにいるのかはともかく、眼鏡だけでも外してやろうと思い手塚の眼鏡に手をかけた。そしてゆっくり外そうとした。ら、



「・・・秋子。」



ゆっくり目を開いた手塚の手が眼鏡にあった私の手を握った。寝起きのせいかちょっとぼんやりしている。レアだ。そしてゆっくり起き上がった。



「・・・ずいぶん遅かったな。」

「うん、飲み会だったの。」

「・・・こんな時間までか?」

「まだ日変わってないよ?それに勝手に家に上がって人のベッドで寝てた人に言われたくない。」

「・・・すまない。」



手塚はそう言うと眼鏡を直して私の手を離した。私はそんな手塚の横に腰を下ろす。



「言ってくれれば早く帰ってきたのに。」

「泊まろうとしてたホテルが手違いで取れなくなってな。」

「それでタダの私の部屋を思い出して泊まろうとしていたと。」

「・・・ダメか?」

「・・・はぁ。」



手塚は時々ものすごくずるい言い方をする。私が断れないのを知っていて言っているのだとしたらかなりの意地悪だ。
私は立ち上がって近くの引き出しから新品のバスタオルを出した。そして手塚にそれを放り投げる。



「でも食事付きじゃないからね。」

「構わない。」

「・・・・はぁ。」



本当に連絡ぐらいくれればよかったのに。本人気づいてないかもしれないけど、明日手塚誕生日なんだよ?そしたら飲み会行かないでささやかだけどケーキ作って前祝いもしたのに。折角の誕生日なのに何も用意できてないなんて彼女としてどうなんだよ。
横目で睨みつけるとキッチンに向かう。



「ドリンクもセルフサービスです。」

「そうか。」

「・・・で、今回はずいぶん急に帰国だったんじゃない?試合でもあったの?」

「いや、やぼ用でな。明後日には戻る。」

「・・・。」



私は自分のカップと来客用のカップに麦茶を入れた。あ、つい癖で2つ。・・・仕方がない。私はカップを手にしながら戻ると来客用を手塚に押し付けた。



「やぼ用?」

「あぁ、プロ契約をしてきた。」

「え、あぁ、おめでとう!全然やぼ用じゃないじゃん!」

「跡部と前から話していた事だからな、それはついでだ。」

「ついでって・・・。」



そういえば跡部君が手塚のスポンサーになるって前に聞いた気がするけど、なるほど私に連絡する必要がない分けだ。まったく私には関係のない話しなんだから。でも手塚がもっと遠くになるって事だけは分かって少し寂しくなる。



「ついでって、他にもあるの、やぼ用。」

「あぁ。」



手塚はそう言ってカップルに口を付けると、近くのテーブルにカップを置いた。そして私の手にあったカップを奪うとそれもテーブルに置き、私の腕を掴んで自分に引き寄せた。ぐっと距離が近くなる。



「秋子、お前に会いにきた。」

「え?」

「本当に用があったのはお前だ。」



手塚はそう言うと私の腰に腕を回した。手塚のたくましい体にガードされ動けない。
手塚はいつになく真剣な表情を浮かべながら私を見つめる。



「秋子、俺と結婚してくれ。」

「・・・・・へ?」

「勿論今すぐじゃない。でもお前をドイツに連れて行きたい。」



手塚がそう言うと部屋の掛け時計が日付の代わるチャイムを鳴らした。本来ならこの時間はいつも暗闇だから鳴らないけど今日は電気が付いているからだ。
その音が終わるまでの間私も手塚も一言も言わなかった。かわりに私の目から涙が溢れ出してきた。

「え、エイプリルフールはとっくに終わったよ。」

「こんな事嘘で言ってどうする。」

「わ、私朝はご飯派だよ。」

「奇遇だな、俺もだ。」

「す、すぐにホームシックになるかもよ?」

「なら定期的に帰ればいい。一緒に帰ろう。」



手塚が優しく私のおでこに自分のおでこをくっつけた。あまり笑わない手塚は目で笑うんだ。今だってすごく優しく笑ってる。私が大好きな目だ。



「それに今日は俺の誕生日だ。」

「・・・気づいてたんだ。」

「まぁな。・・・だからプレゼントは秋子のこれからの人生でいい。・・・ダメか?」



あぁ、やっぱり手塚は意地悪だ。今私の前にいるのはみんなが知っている手塚じゃないけど、これが私の手塚だ。
私は力なく手塚の大きな背中に腕を回すと、返事変わりにキスをした。



「・・・いらないって言っても返品できないからね。」

「・・・あぁ。」



今度は完全に口元も微笑んだ手塚の優しい顔が近づいてきて、私はゆっくり目を閉じた。
仕方がない、今日の朝ご飯は特別にとびきり美味しいのを作ってやるか。

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