気がつくと俺は自分の部屋のベッドで寝ていた。嫌な汗が全身をめぐっている。ゆっくり体を起こすと左腕に痛みを感じた。やけにだるい左腕をさすりながら持ち上げる。
オサムちゃんの無茶ぶりで左腕に包帯を巻く事になり早数ヶ月が過ぎた。俺は3年になり新入生、そしてあの九州二翼の千歳が新たにテニス部に加わった。今年こそは全国優勝も夢ではないかもしれん。
「勝ちたい、な。」
そうつぶやくとまた左腕に痛みが走った。思わず握りしめた拳に、少し気分が悪くなる。
その時だった。横に置いていた俺のスマホが音を立てた。ディスプレイを見れば隣の席の水無月さん。
「・・・もしもし。」
『あ、白石君?』
彼女は2年の時大阪に引っ越してきて以来同じクラスだった。最近では席替えしても近くの席になる事が多い。
「どないしたん?こないな時間に。」
『ごめんね、寝てた?』
「・・・いや。」
俺は完全に起き上がって立ち上がると、転がっていたタオルを首にかけた。
『本当は明日にしようと思ったんだけど。』
「急ぎの用なん?」
『急ぎではないんだけど、確認だけしたくて。』
「確認?」
『あのね、今日ぶつかってお互いのノート落としちゃったの覚えてる?』
「あぁ。」
『実はその時どうやら入れ替わっちゃったみたいで。白石君のノート今私が持ってるんだ。』
確かに今日数学終わりに水無月さんとぶつかった。俺は鞄の中からノートを取り出す。ペラペラと捲ると後ろに小さく水無月さんの名前が。
「ほんまや、これ水無月さんのや。」
『よかった。でもごめんね。』
「えぇて、まさか一緒のデザインやとは思わんかったし。」
俺はノートを鞄に戻すと、またベッドに腰を下ろした。
電話の向こうで安堵の声の水無月さん。いつの間にか安心していたのか、嫌な汗は引いていた。
「すまんな、ほな明日返すな。」
『うん、ごめんね。いきなり電話しちゃって。』
「気にせんでえぇて、水無月さんとも話せたから。」
『わ、私も話せてよかった。』
・・・・好きやなぁ。
電話の声を聞きながらそう思った。そう思ったら途端に会いたくなった。ズキン。
左腕にまた痛みが走る。
『じゃあ、明日ね。』
「ほな、明日な。」
電話を切るとベッドに倒れこんだ。スマホを離した左手がぼんやりと黒く蝕んで見えた。慌てて焦点を合わせると包帯を巻いた只の手。ほっとしたのもつかの間また嫌な汗が出てきた。
「只の包帯や。」
この左腕はただの無茶ぶりや。
自分にそう言い聞かせるようにそう言うと、目を閉じた。
あぁ、早く明日になって水無月さんに会いたい。
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