私が天根君と出会ったのは今から半年ぐらい前の事だった。
あの頃も天根君の存在は知っていた。というか、有名人だった。あの外見だし、テニス部レギュラーだし。しかし今ほど意識はしていなかった。






あれは確か放課後だった。
朝の天気予報の一日中晴れるというのを信じたのに、帰る頃には土砂降りの雨だった。
昇降口の向こうはザアザア降りで、空を見上げても鉛の空しかなかった。
私は仕方がなく靴を履くとそこに腰を下ろした。
雨が小降りになってきたら走って家まで帰ろう。そう決心してちいさくため息を吐く。

すると、そばでバッと音がした。

その音がした方を見ると、鮮やかな赤い折りたたみ傘。それを誰かが開いたのだ。
傘の柄を握る手から視線を上に運ぶと、そこにはミケランジェロのダビデ像がいた。
そこで私はその人物が天根ヒカル君だと言う事に気づいた。どこかで見たことある、なんてものではなかった。彼はちょっとした有名人だ。
彼は視線を傘から昇降口の向こうの空に映した。私の存在には気づいてないようだ。
まぎれもなく人間なんだけど、学ランを着て佇む姿は本物の彫刻のようだ。
そして天根君の視線は空からまた傘へと戻り、そして何故か私に向いた。

えっ?

どうやら私に気づいたようだ。何故かお互い無言のまま見つめあう。
昇降口は私と彼しかいなく、聞こえてくるのはただただ雨音だけだった。
そして一瞬、天根君から視線が外れたと思うと何故か彼はゆっくりとこちらにやってきた。
私の頭はそんな彼の予想だにもしない行動によってパニック状態だった。友達の話しに出ていたり学校新聞に載っていたりする有名人が私に何故か近づいてきているのだから。
私は思わず立ち上がる。



「あっ、あの・・・。」

「・・・・ないのか?」

「えっ?」

「傘。」



低く響く声に思わずドキっとしてしまった。
私は彼の問いに首を縦に振った。
すると彼は何を思ったかいきなり持っていた傘を私に差し出してきた。
えっ?えっ??



「ないんだろ、傘。」

「そう、だけど・・・・。」

「なら使え。」



そう言って天根君は再度私に傘を差し出した。私がそれに今度は首を横に振ると、彼の眉が少し上がる。



「一年だろ、お前。」

「えっ、何で・・・。」

「昇降口。ここ一年の下駄箱。」

「あっ、そっか。」

「俺も一年。だから別に気にしなくていい。」

「そっ、そう言う事を気にしてるんじゃないけど、大丈夫、です。家近いし・・・・。」

「俺も家近い。」

「でも、天根君はどうやって帰るの?」

「・・・・・・・走って。」

「すごい雨だし、風邪ひいちゃうよ!」

「大丈夫だ、これくらい。鍛えてるし。」

「テニス部レギュラーでも、風邪引くときは引いちゃうよ!!」



私がそう言うと天根君は埒があかないと判断したのか、小さくため息をついた。そして私の手を取って、その手に傘の柄を握らせた。
そして満足そうにうんうん、と頷く。



「あっ、これ!」

「じゃぁな。」



私が傘を返すよりも先に、天根君はそう言って雨の中に飛び出していってしまった。
駆けていく後ろ姿が見えなくなるまで見つめた。
残ったのは赤い傘と、早くなった私の鼓動だけだった。
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