「きゃー!!佐伯先輩〜〜!!」
今日も朝から黄色い声援が響いている。いつものように数人の女子がフェンス越しのテニスコートを見つめながら目をキラキラとさせている。
私の友人もそのうちの一人だ。
「ちょっと、雪!何やってんの!あんたも早く!」
「いや、私は・・・・・。」
「あっ、サーブ練習始まった!!」
友人の坂本絢ちゃんは私を勧誘する手を止めると、サーブ練習を始めた一人の人物に釘付けになった。
私の学校六角中学校にはテニス部がある。
全国大会に出れるほどの実力があり、オジイさん特製のラケットでみんなプレイしていて、そしてなんと部長が一年生らしい。
らしい、というのは殆どを絢ちゃんに聞いたからである。
ちなみに絢ちゃんを含め数人の女子がフェンス越しに見つめている人物はレギュラーの一人・佐伯虎次郎先輩。3年生で副部長をやっている。爽やかに女子たちに手を振るその姿はとっても絵になる。
そんな友人の姿を見つめながら私は近くの木に寄りかかった。
おっかけはいいのだが、私は完全にそれに巻き込まれている。
確かに佐伯先輩はかっこいいが、彼女ほどではないのだ。
「おいっ。」
ぼんやりしていた私に勢いのいい声がかかった。我にかえって横を見ればそこには背の高いテニス部のユニホームを着た人が立っていた。
「あっ、えっと、黒羽、先輩。」
「正解だ。」
そう言うと彼・黒羽先輩はラケットを背負った。
黒羽春風先輩。テニス部レギュラーの一人。
「瀬名、だったな?」
「はい。」
「犬は元気か?」
「はい、あの時はありがとうございました。」
つい先日。
私の家で飼っている犬が散歩中に脱走。そんな所を犬の散歩をしていて通りかかった黒羽先輩が捕獲してくれたのだった。
それ以来、散歩途中によく会うようになったのだった。
「いいって、いいって。うちの犬達もたまに遊び相手がいると嬉しいみてーだしな。」
「はい、豆くろも嬉しがってました。」
「豆くろ?犬の名前か?」
「はい。」
「あいつ黒くねーだろ?」
「黒くないけど、豆くろなんです。」
「何だそりゃ。」
黒羽先輩はそう言うと、豪快に笑った。
フェンスの向こうの佐伯先輩に夢中な絢ちゃんに見つかったら、大変な事になるんだろうな。だって今、レギュラーの一人と話してるんだから。
「バネさん。」
その時、黒羽先輩に低い声がかかった。
その声に私は少しドキっとする。
「おぉ、ダビデ。」
黒羽先輩が少し振り返ると、後ろからその声の主がやってきた。
ウェーブのかかった赤みがかった髪に、彫りの深い顔。長身に、これまた長いラケット。
ダビデこと唯一の2年生レギュラー・天根ヒカル君。
「剣太郎が呼んでる。」
「あぁ、分かった。今行く。」
・・・・六角テニス部のレギュラー二人が今私の目の前にいるだなんで、絢ちゃんに知られたら一大事だ。
そんな事を考えていると、天根君の瞳とばっちりぶつかってしまった。
ダビデというあだ名にもなったように、その顔立ちはミケランジェロのダビデ像を彷彿とさせる。その瞳とぶつかって、逸らすにそらせない。
「それじゃぁな、瀬名。」
「あっ、はい。部活頑張ってください。」
「おうっ!」
黒羽先輩のおかげでその視線から脱出成功。笑いながら後ろを向いた黒羽先輩に頭を下げた。
黒羽先輩の後ろを天根君が追うように歩き出す。そんな天根君の肩に黒羽先輩は腕を回した。
仲いいなぁ・・・。
二人の後ろ姿を眺め、早くなった鼓動を抑えながらそう思った。
*prev next#