無我夢中で走ってきたら、いつの間にか海まで来ていた。
涙を裾で拭くと、その場に座り込んだ。
どこまでも続く青と波の音が、なんだか心地いい。



(やっぱり、来るんじゃなかったな・・・・。)



膝を抱えるようにして顔を覆うと、また涙が溢れてきた。
一緒の委員会になって、同じ係をして、一緒に帰って、傷の手当して・・・・・ダジャレが好きな所とか、甘いものが好きな所とか、意外と頑固だという事を知った。一緒にいて、あんな風に驚いたり、あんな風に困ったり、あんな風に笑ったりするんだと知った。
そんな天根君が好きだった。いや、好きだ。
こんな想いが涙と一緒に流れることはなく、積る一方だ。



『楽しかったな。』



あの時そう言って笑った彼の笑顔が瞼の裏にこびりついていた。
もっと早く好きだって気づいていれば、星野さんのような気持ちになれたんだろうか?
私は涙を拭うと、ぼやんとした視界で海を見た。小さい頃怒られると海に来て日が沈むまで海を眺めていたのを思い出した。



(絢ちゃんにも、佐伯先輩にも、悪い事をしちゃったな・・・・・。)



私がまた涙を拭うと、私の上に大きな影が覆った。
ぼんやりとその影を眺め、ゆっくりとその影の正体を見る。
その正体は傘だった。真っ赤な傘。
弟と一緒に買って、私が失くしたあの赤い傘に似ていた。



「涙の波だ・・・・・ぷっ。」



聞き覚えのある声が上から降ってきた。
聞き覚えのある、どころじゃない。私は勢いよく後ろを振り返ると、そこには天根君がいた。というか、この傘を持っているのが天根君だった。
その姿を見て思考が停止する。



「あ、まねく・・・・。」

「探した。」



ユニホーム姿の天根君は、前のように髪を後ろで結んでいた。彼は空いる左手で私の腕をつかんだ。
私はようやくそこで我に返り、彼のその手を振り払おうと立ち上がった。しかし砂に足を取られて手をついてしまったが、天根君から離れることに成功。
そのまま足を進めようとするより先に、今度こそ天根君の手に捕えられてしまった。



「待て。」

「離し、てよ・・・。」

「ダメ、お前こうでもしないと逃げるから。」



天根君はそう言うと私の腕を掴む力を強めた。私はゆっくりと振り返って彼に向き直ると、天根君は真剣な表情で私を見つめていた。また視界がぼやけてくる。



「俺の気持ち、まだ半分も伝えてない。」



天根君はそう言うと私の腕を掴んでいた手を離した。そして少しうつむく。その表情は私が見たことない表情だった。悲しんでいるような少し怒っているようかのような表情だった。



「体育祭の時ちゃんと言えなかった事、後悔してた。」

「こう、かい・・・?」



私が必死に言葉を絞り出すと、天根君はただ黙って頷いた。
本当は逃げ出したいのに、顔を上げてぶつかった彼の視線から逃げられなかった。



「瀬名。」



天根君はそう私の名前を呼ぶと、私の手を取った。彼の手から離れた赤い傘が音もなく砂の上に転がった。



「体育祭の時の続き。」



低い声でそう言うと、私の手を握る力を少し強めた。天根君の大きな手が、私の手をすっぽり包んでいる。
手から熱が、伝わる。



「俺は・・・・・・俺はそう思ってない。」



ズキンと胸が痛んだ。こみ上げてきた涙がそのまま重力に沿って砂にしみを作る。



「俺は、お前の事・・・・・友達以上だと思ってる。」

「友、達以上?」

「あっ、いや、・・・・・違わないけど、違うかもしれない・・・。」



いつもぽんぽんとダジャレが飛び出てくる天根君とは思えないように、彼は言葉を詰まらせた。
そして少し瞳を細めると、ゆっくりと息を吐いた。



「・・・・お前の前だと、何も考えられなくなる。」

「・・・・・・・・。」

「・・・俺はただの友達として、瀬名といたくはない。」



天根君はそう言うと握っている私の手を引いた。
今度は私の体ごと、天根君の胸にすっぽりおさまる。



「・・・・・俺、お前が好きだ。」



囁くように言われたその言葉に、私はまた涙が出てきた。




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