「・・・・って、やっぱり来ちゃったし・・・・。」
ため息をつくと、なんとも重い足取りで学校のテニスコートを目指していた。
今日は天根君が言っていた練習試合の日。本当は来るつもりはなかったのに、何故か来てしまった。
小さく息を吐くと、既にテニスコートの周りに人だかりができているのを発見した。
重い足がさらに重くなる。
「雪。」
名前を呼ばれて肩に手を置かれた。
振り向けばそこには絢ちゃんが立っていた。絢ちゃんは私を見て苦笑いを浮かべている。
「絢ちゃん・・・・・。」
「やっぱりね。」
「え?」
「なんとなく、来ると思ってた。」
絢ちゃんはそう言うと私の腕を取って歩き始めた。
当然歩くスピードも早くなるわけで、あっという間にテニスコートに着いてしまった。
人だかりを分け入ってフェンスの近くまでくる。
「丁度よかった、ほら。」
絢ちゃんのその言葉に何故かドキリとした。
「珍しいよ、ダビデがシングルスなんて。」
コートを見れば、そこにはユニフォーム姿の天根君の姿があった。
またドキンと胸がはね、そして痛くなった。
「まぁ相手は3年だけど、ダビデなら楽勝でしょ。」
「・・・・・・。」
「ほら、始まる。」
絢ちゃんがそう言うと、ボールを打つ高い音が聞こえてきた。
そして直ぐに、試合に釘付けになった。
テニスがよく知らない私でも、天根君がすごい、というのは分かった。
前にサッカーをしている所を見たことがあったが、やっぱりテニスをしている時の方が様になっている。すごく、惹きつけられた。
・・・・・・私はまだ、天根君が好きなんだと一層感じさせた。
「・・・うーん。」
そんな私の横で絢ちゃんが唸った。
見れば絢ちゃんは珍しく腕組みをしている。
「どうしたの?」
「いや、なんか珍しいなーと思ってさ。」
「シングルスが?」
「いや、ダビデがここまで押されてるのが。」
絢ちゃんがそう言った瞬間、ポイントが決まった。コールは相手選手だった。
沸き立つ相手の学校に対して、天根君の表情は険しい。
「詳しいってわけじゃないけど何度かダビデの試合見たことあるけど、こう押されてるのは珍しいかも。」
「・・・・・・。」
「いつものダビデらしくない。」
絢ちゃんとは違うこの声がして後ろを振り向けば、いつの間にか佐伯先輩が立っていた。
絢ちゃんはその姿に絶句している。
「やぁ。」
「こっ、こんにちは。」
「来てたんだね。どう、ダビデの試合?」
「・・・・・・・・・。」
佐伯先輩は天根君を見つめると少し険しい表情をした。
そして私を見ずに言う。
「ダビデ負けるね。」
「え?」
「このままいったら、の話だけどね。」
「・・・・・・・。」
「やっぱり心配?ダビデの事。」
佐伯先輩はそう言って微笑んだ。
その笑顔は全てを見透かされているみだいだった。
私はそんな佐伯先輩の言葉に小さくうなづく。
「・・・・・はい。」
「そういう時試合に出ていない俺たちができる事、知ってる?」
佐伯先輩はそう言うと私の方を振り返り、ニコリと微笑んだ。
「それはね、応援する事。」
「・・・・・・・・。」
「選手は自分との闘いって言うけど、それと同じぐらい仲間や周りの応援で力を発揮できたりするんだ。」
佐伯先輩はそう言うと私の横に来て私の肩に手を置いた。そして私をよりフェンスの前まで近づけた。
「君はどうする?このまま、黙ってあいつが負けるのを見てるかい?」
「・・・・・・・・・。」
フェンス越しに天根君の姿を、もう一度ちゃんと見た。荒い呼吸をして、少し辛そうな表情で汗を拭っていた。
両学校の声援が彼を包んでいた。
私の声も、届くかな?
私はそんな光景を見つめながら口を開いた。
「頑張って、天根君。」
声援が響く中で私の声はかき消されるような声だったと思う。
しかし、その言葉は彼に届いた。
天根君はそう言った私を少し驚いた表情で見つめていた。
確かに自分の口から出たその言葉は、彼に届いたのだ。
そう思ったらなんだかまた視界がぼやけてきて、私は逃げるようにその場を立ち去った。
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