私は走って家までくると、急いで鍵を開け自分の部屋に向った。そして鞄に入ったままのプリントをつかむと、元来た道を戻る。
日が伸びたとはいえ、辺りは既にうす暗くなってきていた。
私は苦しくなってきた胸を押さえながら、急いで公園に向う。
そしてようやく公園に戻ってくれば、中央で豆くろと黒羽先輩の所の二匹が遊んでいた。その近くのベンチに天根君が腰掛けていた。
私は乱れる呼吸を整えながら天根君に近づくと、彼は私にに気づきこちらを向いた。
「お待たせ、しました。」
「お疲れ、早かったな。」
「そう、かな?」
「とりあえず座れ。」
私は言われるがまま天根君の隣に腰掛けた。
ベンチの端と端なのに、妙にドキドキする。
「ひゃっ!」
すると、突然私の頬に冷たいものが触れた。驚いて変な声を上げれば私の頬に缶ジュースが当てられていた。
天根君がちょっと目で笑いながら私の手の上にそれを置いた。彼も私のと同じ缶ジュースを持っている。
「これ・・・。」
「好み分からなかったから、スポーツドリンクにしたけど大丈夫か?」
「だっ、大丈夫!全然大丈夫!!」
段々と分かってきた。天根君は口じゃなく目で笑う人なんだ。
私は貰った缶ジュースを手のひらで包む。冷たいそれが火照った私には丁度よかった。
「あっ、はいこれ。」
「うぃ。」
私は本来の目的であるプリントをようやく天根君に渡す事に成功!よっ、よかった・・・・。
天根君はプリントを受け取るとさっと目を通した。そして先生の書いたあの設計図(仮)を見ると、目を細くした。
「どうしたの?」
「これ、お前が書いたのか?」
「ううん。先生が書いたみたい。大体こんな感じ〜って。」
「・・・・・・・。」
天根君はしばらく無言でそれを見続けると、しばらくたってようやくプリントを畳みポケットにしまった。
「ありがとう。」
「いや、遅くなってごめんなさい・・・・。」
「いや・・・サイじゃないんだ、謝るな。」
「・・・・・サイ?」
「サイだけに、ごめんなさい・・・・・ぷっ。」
「・・・・・・・・ぷっ、あはは。」
「・・・・・・・また、うけた。」
天根君のダジャレに思わず笑ってしまうと、彼はまた嬉しそうにそう呟いた。
ダジャレ好きとは聞いていたが、本当だったんだ。
「やっぱりうけると嬉しい?」
「勿論だ。むしろ笑ってくれる奴のほうが少ない。」
「そうなの?黒羽先輩とかは?」
「バネさんは・・・・・・殴る。」
「そう、なの?」
そういえば絢ちゃんがそんな事を言っていたような気がする。
天根君は持っていた缶ジュースの蓋を開けると、そのまま呷った。
「お前も、そうだと思ってた・・・。」
「えっ!?私殴らないよ!!??」
「そうじゃ、なくて。その・・・・むしろ嫌いなのかと・・・・。」
「そんな事ないよ。私、どっちかというと好きな方、だよ。」
「そうか・・・・・・・・・。」
「うん・・・・・・・・・。」
「・・・・・。」
「・・・・・。」
そこで会話が切れ、間には無言が流れる。聞こえてくるのは遠くに聞こえる雑踏だけだった。
そんな私達の元に、ずっと遊んでいた3匹が戻ってきた。私の足元に来た豆黒はちょこんと座り私を見上げていた。
「・・・・そろそろ戻るか。」
先に口を開いたのは天根君だった。彼は二匹にリードを付けると、立ち上がった。
私も急いで立ち上がると豆くろに綱をつける。
「送るか?」
「大丈夫だよ。さっきも言ったけど近いから。」
「そうか・・・。」
「じゃーね、君達。」
私が二匹にそういうと、二匹は嬉しそうに「わん」と吠えた。
「またな、瀬名。」
「うっ、うん・・・・。」
天根君はそう言うと私に背を向けた。遠ざかるその背中を見つめながら不思議な気持ちになった。
「あっ、天根君!!」
気づいたら私は彼の名前を呼んでいた。なっ、何をやってるんだ私は!?
私の声に天根君は立ち止まり振り向く。
「何だ?」
「えっと・・・・・・。」
何でもないのに呼び止めた、なんて言えず少し視線を下げるとあの缶ジュースが目に入った。
私は缶ジュースを見せる。
「こっ、これ、ありがとう!!」
天根君は私の言葉に少し驚いたように目を丸くしたが、やがてその目が細くなり口元が緩んだ。
あの時のように微笑んだのだ。
そして天根君は何も言わずにまた歩き出した。
薄闇の中遠くなる彼の背中を見つめる私には、缶の冷たさと早くなった鼓動だけが残った。
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