「・・・それだろ。」
「えっ?」
天根君が私の足元にちょこんと座っている豆くろを見た。
「豆くろ。」
「えっ、名前何で・・・・。」
「えっ、あぁ、バネさんから、聞いた・・・。」
「そっ、そうなんだ・・・・。」
「・・・撫でてもいいか?」
「どうぞどうぞ。」
私がそう言うと天根君はゆっくりしゃがみこんだ。そして豆くろに手を伸ばした。私もまたしゃがみこむ。
豆くろはその手に鼻を近づけそして、噛んだ。
「ちょっ、ちょっと豆くろ!!ダメ!」
「落ち着け。」
「あっ、天根君が落ち着きすぎなんだよ!」
「大丈夫だ、甘噛みだ。痛くない。」
「ほっ、本当に?」
「あぁ、板で殴られたほうが痛い・・・・・・ぷっ。」
「・・・・・・・。」
「・・・・・・・。」
「・・・・・ぷっ、あははは。」
「・・・・・うけた。」
もしかして天根君は私を心配させないためにダジャレを言ってくれたのかな?そんな彼を見ながら何だか嬉しくなって笑ってしまった。
天根君はと言うとなんだか少し嬉しそうな表情をしながら豆くろの頭を撫でていた。
「豆くろが初めて会った人に吠えないの、天根君が始めてかもしれない。」
「そう、なのか?」
「うん。よかったね、豆くろ。」
「わん!」
豆くろは嬉しそうにしっぽを振ると、天根君の手をペロペロと舐めた。
天根君が少し目を細めて笑うと、横にいた黒い色の子が私の手を舐めた。
「・・・・・あっ。」
と、ここで私はようやくある重要な事に気づいた。
天根君はいきなり我に返った私に不思議そうな表情を向ける。
「どうした?」
「私、天根君にまだ係りのプリント渡してないんだった・・・・。」
「あぁ、別にいつでもいいぞ。」
「・・・・・・・。」
本人がそう言ってくれるのは大変有難いのだが、それでは私が納得いかない。
私は立ち上がると天根君に向き直る。
「天根君、まだ時間大丈夫?」
「あっ、あぁ。別に平気だけど。」
「お願い!ちょっとここで待っててくれる?私急いで家戻ってプリント取ってくるから。」
私が手を合わせてそう言うと、今度は天根君が立ち上がった。少しだけど、方眉が上がっている。
「それはいいが、さっきも言ったが俺は別にいつでも・・・・。」
「いつでもいいなら、今でもいいって事でしょ?」
「そっ、そうだけど・・・・。」
「お願い!・・・待っててくれる?」
「・・・・・・・。」
少し俯いて天根君を見ると、彼は大きく息を吐いた。
そして小さく「分かった」と呟くと私の前に手を出した。
「戻るならそいつ、持っとく。」
天根君がそいつと言ったのは豆くろの事。
言われている豆黒は再度ちょこんと座り首をかしげている。
「身軽なほうがいいだろ。」
「でも、悪いよ。」
「それに・・・・。」
「それに?」
「お前、こいつがいなくても急いでで転びそうだ。」
「・・・・・・・。」
天根君のその言葉に否定できず、私は押し黙った。
弟には「どんくさい」と言われ、彼には確か前に転びそうになった所を助けてもらっていたんだった。
私は豆くろの頭を撫でると、持っていた綱を天根君に渡した。
「じゃぁ、お言葉に甘えます・・・・。」
「うぃ、急がなくていいからな。」
「えっ、あっ、うん・・・・。」
私は頷いて踵を返すと急いで家に向かって走り出した。
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