借りた鍵で教材室のドアを開くと、そこは物で溢れかえっていた。一応教科事に物は置かれているが、整頓されてはいなかった。少し埃くさい。



「気をつけろよ。」

「えっ?」



天根君にそう言われた瞬間、私は足元にあった本に躓いた。そして埃くさい床に倒れると、近くに積んであった本が私の上に倒れてきた。
本に埋もれる体験を初めてした私に、天根君がため息交じりに私の腕を掴んで立たせてくれた。



「ありがとう・・・・。」

「・・・・・・。」

「転んだのが私でよかったけど、これ危ないね。」

「そうだな。」

「あそこの本棚開いてるから、あそこに入れちゃおう。」

「そうだな。」



私はスカートの埃を払うと、近くにあったイスを持ち上げた。
しかし天根君はそんな私を不思議そうに見つめながら持っていた本を本棚に戻している。そして、私が崩した本たちを拾い上げると、私がようやく本棚の側に持ってきたイスにその本を置いた。



「えっ、これは?」

「俺が入れる。」

「えっ、あっ、うん。」



そう言って天根君は黙々と空いている本棚に本を収めていった。
私がイスにのってやっとの高さを天根君は腕を伸ばすだけで届いてしまうのだ。
私の身長は女性の平均身長よりも少しだけ低い。それを日常ではさして不自由に思わなかったが、今日ほどそれを感じる事はない。
そんな事を考えながら、彼の横顔を盗み見る。
本当にその横顔は彫刻のようだった。ミケランジェロの作品が飛び出してきたかのよう。男の人にこういうのはどうかもしれないが、すごく綺麗だ。
赤みがかった髪はウェーブがかかっているが、一切乱れていない。一房落ちる髪の下から覗く瞳は今は一点を見つめ、絵になっていた。



「瀬名。」

「はっ、はいっ!?」

「・・・・本。」



名前を呼ばれて我にかえると、天根君の瞳が私に向いていた。そして私の前に手を差し出していた。私は急いでその手の上に最後の一冊を乗せる。
最後の一冊が棚の一番上に収まると、天根君がゆっくりこっちを向いた。



「あっ、ありがとう天根君。運んでもらった上に戻すのまでやってもらちゃって・・・・。」

「気にするな。」

「はい、ラケットと部誌。」



天根君はそう言うと、私からラケットと部誌を受け取った。
木製の長いラケットはオジイさんの手作りらしい。
制服のポケットにある鍵を取り出すと、天根君が再度こちらを見つめていた。



「なっ、何?」

「いや・・・。」


天根君がそう返事をすると、教材室に沈黙が流れた。はっ、話が続かない・・・・・。
すると、下校時刻のチャイムが鳴り響いた。私達は急いで教材室から出て鍵を閉める。



「あっ、そうだ。天根君、部活は?」

「終わった。」

「あっ、じゃぁさっきあそこにいたのは部活の用事か何かで?」

「・・・違う。」

「違うの?」

「でも、終わった。」



天根君はそう言うとラケットを肩に担いだ。



「じゃぁな。」



そしてそう言うと昇降口に向かって歩いて行ってしまった。
わたしはその背中をただ、見つめた。
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