「随分可愛いのしてるね。」
「え?」
佐伯虎次郎ことサエさんはお隣さん。そして私の年上の彼氏でもある。
高校に上がる前に思い切って告白をしたらなんとOK。あの時に運を使い果たした気がする。
サエさんは大学院生で就職活動中。そんな中今日は久しぶりにデート・・・・という名の勉強を見てもらっている。
「もしかして、この指輪の事?」
「そう、それ。」
持っていたペンをくるくると回すと、机の向こうに座っているサエさんが私の右手の薬指に付いていた指輪を見てそう言った。
「友達に貰ったんだ。」
「へぇ、友達にね。」
そう言ったサエさんの瞳が細くなる。あ、この表情は。
そう思ったのもつかの間、サエさんに右手を取られる。驚く私に彼は右手の指輪を私から外した。
あのサエさんの表情は付き合い始める前からあの表情を知っている。樹っちゃんに教えてもらったのは付き合い始めてからだけど。あの表情は、やきもちの顔だったはず。
「さ、サエさん指輪返してよ!」
「男?女?」
「へ?」
「これ贈ったって言う友達。」
「女の子だよ!」
「それを聞いて安心したよ。まぁ、虫除けにはなるけどね。」
そう言ってにっこりと笑うサエさん。指輪をくれた友達も同じ事を言っていた。「いろいろ心配だから、虫除け代わりに付けときな」と。
「何で虫除け?」
「よけいな男が寄り付かないだろ?」
「そ、そういう・・・。」
いつものようにそう言うサエさんにまだ慣れなくて思わず下を向く。
]付き合う前からそう言う事をさらっと言ってしまうサエさん。まだ慣れない。というか、慣れる気がしない。
「そうだ、買った?」
「何を?」
「新しい水着。この前買いに行くって言ってただろ?」
「・・・・まだ。」
「そうか。だったら俺が選んであ」
「自分で選ぶから大丈夫!!」
「そう?」
「というかサエさん、そろそろ指輪本当に返してよ。」
一向に返してくれる気配のないサエさんにそう言ってノートを閉じる。勉強教えてもらっている身だけど、指輪を返してもらうまでは放棄する事にした。
隙を見て指輪を奪い返そうと試みるが、その手は虚しくかわされる。
「いいよ、返してあげる。」
「じゃぁ、」
「俺の事、名前で呼んだらね。」
「え?」
「俺の名前、知らないはずないだろ?」
私を見ながら楽しそうに微笑むサエさんは、とても年上には見えない。
普段は素敵な年上のお兄さんなのに、たまにこうして悪戯っぽい表情を見せる。私だけ、なんて分かりっきってる恥ずかしい言葉を必死に飲み込む。
「・・・こ、」
「はい、頑張ってありがとう。」
「う・・・・こ、虎次郎さん・・・・。」
「・・・・よくできました。」
顔が熱い。今年は猛暑だって言われてるけど、それだけじゃない気がする。
意を決してそう言って机に突っ伏せば、優しい大きな手が私の頭を撫でた。少し顔を上げてチラっとサエさんを盗み見れば少し赤い顔で嬉しそうに笑っている。
「約束だからね、指輪返すよ。」
そう言って手を取ったサエさん。そしてそのまま薬指に指輪をはめる。
そんな光景に驚く。なぜなら・・・・。
「な、何で左手!?それにこれ私が貰ったやつじゃないよ!?」
「そうだよ、だって昨日俺が買った奴だもん。」
だもん、だもんって・・・・いい年した大人が言うセリフじゃない。
サエさんが買ったという指輪。シルバーのリングの中心小さく輝くピンクの石が。
「それはローズクォーツ、女神の石だ。小さいけど、ありがとうを守ってくれるよ。」
「・・・・・・・・。」
「それにこっちのほうが、より虫除け効果がありそうだろ?」
そう言って指輪にキスしたサエさんを見て、私はまた机に突っ伏した。
嫉妬の顔も、意地悪な顔も、少し照れた顔も、全部サエさんが好きすぎて、嬉しすぎて泣きそうだ。やっぱり水着はサエさんに選んでもらおう、恥ずかしいけど。そして今年の夏休みはサエさんと、虎次郎さんといっぱいデートするんだ。
ありがとうの代わりに虎次郎さんの手を握り返せば、大きくて大好きな手がまた私の頭を撫でてくれた。