夏休みに宿題がある事自体意味が分からない。夏休みっつーのは部活と遊ぶ為にあるものだろ。
「たるんどる!」
いつものように響く副部長の声。夏休みも終盤の部活が始まる前、副部長の手には俺がずっと部室のロッカーに入れっぱなしにしておいた英語のテキストが。何で副部長が!?
しかし今回は質が悪かった。俺の前に立ちふさがる3強。
「去年ならず今年も宿題が終わってないとはどういう事だ、赤也!」
「ぶ、部活で忙しかったんすよ!」
「俺も部活やってたけど、とっくに宿題終わってるよ。」
「大方夜遅くまでゲームをしているんだろう、なので日中は部活そして暑さでできない・・・違うか?」
「うっ・・・・。」
「見たところ全然終わってないみたいだけど?」
「さ、三分の一は終わってるっすよ!!」
「威張る事ではないだろう、馬鹿者!!」
迫力の3Dで迫る3強のお説教。これが続くと考えると地獄だ・・・。
そんな事を考えていると部活が俺のテニスバックを奪って俺の英語のテキストを押し付けた。
「その量なら死にもの狂いでやれば今日中に終わるよね?」
「き、今日中!?無理っすよ!!」
「自業自得だ!」
「因果応報だな。」
「いんが、おうほう・・・?」
「宿題が終わるまでラケットは握らせないから、そのつもりでね。」
「そ、そんなぁ!!」
「そう言うと思って家庭教師を頼んでおいた。」
「は?家庭教師?」
「図書館にいるから、行っておいで。」
そう言われて部室を追い出された。3強の向こうから仁王先輩が笑ってる。くそっ、あんただって似たようなもんだろ!
仕方なく重い足取りで図書室に向かう。しかし誰だよ、家庭教師って?先輩達の口振りだと俺の知ってる奴?
「失礼しまーっす。」
図書室に一歩足を踏み入れれば部屋は静まり返っていた。部活をやってる校庭の声すら聞こえず俺の足音しか聞こえない。
「何だよ、誰もいねぇ・・・・あ。」
窓際まで近づくとようやく俺以外の人物を発見。机に突っ伏して寝ているその姿は見覚えのある人物だった。というか席隣だし。
「・・・本当に。」
もしかしなくても部長が言ってた家庭教師ってこいつか?
近づいてみるが起きる気配はない。
「おい、本当に。」
「・・・・。」
・・・・起きない。らちがあかないのでとりあえずこいつの席に座る事にした。この位置だと寝顔が丸見えだ。気持ちよさそうにすやすや寝ている。一折観察してはみたが、やっぱり起きない。
すると本当にの髪が流れる。そのまま丁度顔に掛かってまぬけ面の寝顔が見れなくなった。ちょっとつまらない。
「おーい、風邪引くぞ。」
「・・・・・・・。」
・・・反応なし。
そんなこいつを見て悪戯心がうずく。起きないこいつが悪いんだから、顔に落書きしてやろう。持っていたペンケースからマジック(水性)を取り出して、本当にの髪に手を伸ばした。
「・・・うわ・・・・。」
触って分かった。こいつの髪は思ったよりも柔らかい。途端に悪戯心は引っ込んでしまった。それに勝って急に心臓の音が早くなる。
流れてきた髪をかき分ければ、また気持ちよさそうな寝顔が。その顔を見てやっぱり俺はこいつが好きなんだと実感する。
そう思いながら顔を近づけるけどやっぱり起きねぇ。なんというか、無防備すぎる。
用意したマジック(水性)をペンケースに戻すと、落書きの代わりにこめかみ辺りにキスしてやった。
「・・ん、ん〜・・・・。」
「げ、起きた!?」
途端に恥ずかしさがこみあげて急いで本当にから離れる。眉間に皺が寄った本当にの姿を見て急いで英語のテキストを開く。
起きたのか!?・・・と思ったがまたまぬけ面に戻るどころか、おもいっきり口元がにやけた。
「お、おい本当に?起きたのか?」
「えへへ・・・・・・真田先輩・・・・・・。」
イラっ。起きていない。というか完全に寝ぼけてやがる。
俺はまた幸せそうにすやすや眠る本当にの頭に、軽くチョップをお見舞いしてやった。
「痛っ!!」
「いつまでも寝てんじゃねーよな!」
「あれ、切原、いつの間に・・・・。」
「さっきからずっと居たってーの!!!」
飛び起きた本当にに俺はやっぱり顔に落書きしておくんだったと後悔した。もう何で本当にこいつの事好きなんだろう、俺。
本当には「ごめんごめん」と軽く謝ると、乱れた髪を整え始めた。
「そうそう、幸村先輩から聞いたよ。英語のテキスト終わってないんだって?」
「お前は終わってるのかよ。」
「勿論!」
「本当か?」
「本当だよ!ほら、ちゃんとやってあるでしょ!」
「へー、どれどれ・・・・。」
「赤也!写そうなどど考えてはおらんだろうな!?」
「!!??」
本当にの英語のテキストを受け取ってあわよくば写そうと思っていた俺に、真田副部長の声が聞こえてきた。
「ま、まさかそんな事しませんて、副部ちょ・・・・・・。」
「あ、仁王先輩。」
慌ててテキストから手を離して振り返れば、そこにいたのは副部長ではなく仁王先輩だった。仁王先輩は俺の姿を見てくつくつと面白そうに笑っている。
「プリ、頑張ってるか、赤也?」
「・・・・悪趣味っすよ、仁王先輩。」
「何じゃ、寝込みを襲うとしてたお前さんには言われたくないのぉ。」
「なっ!?」
み、見られてた!!??しかもよりによって仁王先輩に!!??
仁王先輩はやっぱり楽しそうに笑いながら近づいてきて本当にの頭を撫でる。
「寝込み?」
「それはのぉ・・・。」
「あぁぁぁ、お前には全然関係ねぇ!絶対気にするな!!」
「う、うん?」
「先輩も勉強の邪魔っす!部外者は出てった出てった!!」
絶対に他の人には言わないでくださいよ!!!!立ち上がって仁王先輩を図書室から追い出そうと背中を押す。そう念を送っていると、「ピヨ」と笑いながら仁王先輩が本当にに手を振った。
仁王先輩を図書室から追い出してまた席に戻ると、今度こそ英語のテキストに向かう。
「はぁ、やっと静かになった。」
「テニス部って面白いよね。」
「そんな事言うのお前だけだよ。」
「そうかな?」
「そうだよ、ほらさっさと始めようぜ。」
「教えて貰う側なのにずいぶんと偉そうだね、切原君?」
「へいへい、教えてください本当に大先生様。」
「ふふっ、よろしい!」
今頃きっと先輩らにあらぬ噂を流されてる気がするけど、とりあえず今はもうどうでもいい。目の前の英語のテキスト本当にと二人でいる事に集中しなくては。