「・・・・・嘘つき。」
赤信号で止まると、私は運転席の長太郎さんに向かってそう呟いた。
「え、どうして?」
「ピアノは人に聴かせられるほどじゃない、って前に言ってたのに・・・・。」
「あぁ、さっきの・・・。」
「すごいうまいじゃないですか!わぁ、もうすごい恥ずかしい・・・・。」
今日私は長太郎さんの家に招待され、久しぶりに長太郎さんの甥っ子君にも再会した。彼は長太郎さんが贈ったあのおもちゃのピアノをすごく気に入っているようで、真っ先に私にそれを見せてくれた。それから食事を一緒にしてピアノまで弾いて聞かせてくれたのだ。
長太郎さんの弾くピアノはそりゃもうすごく綺麗で・・・・気づいたら爆睡。本当に恥ずかしい。
顔を手でぺちぺちと叩くと、信号が青になり車が動き出す。
「また来てよ、姉さんも甥も・・・俺も嬉しい。」
「・・・はい。」
二人がやり直しを初めてもう半年。ちょっとずつ長太郎さんの事も分かってきた。宍戸さんに弱かったり、私との身長差をちょっと気にしてたり、猫が好きだったり・・・・・ちょっとずついろいろな事を知っていくにつれて、私の中の恋心ももくもくと増幅。名前で呼ぶまでに時間がかかった事は内緒だ。
「あ、ちょっと寄り道してっていい?」
「あ、はい。」
長太郎さんはそう言うと華麗なハンドルさばきで車を右折させる。
しばらくして着いたのは一軒の花屋さん。色とりどりの綺麗な花が店先に並んでいる。
彼は車を停めてシートベルトを外すと、ドアを開けた。
「ごめんね、ちょっと待ってて。」
「はい。」
そしてその花屋に向かう長太郎さん。お店から出てきた女性の店員さんと話す長太郎さんの姿をじっと見つめる。
知った事はもう一つある。それは長太郎さんはすごくモテるという事。物腰の柔らかさから、いつも彼の周りには女性が多く集まる。それは景ちゃんにも言えるんだけど、景ちゃんはツンと女性を突き放すが、彼にはそれがない。誰にでも優しいのだ。
「それがちょっと嫌です、なんて言ったら子供だと思われるかな・・・・。」
呟いてシートにもたれかかると、車のドアが開いた。長太郎さんが綺麗な花束を持って帰ってきたのだ。急いでシートから背中を離す。
「わぁ、綺麗な花束ですね。」
「そう?」
「お姉さんに上げるんですか?」
「違うよ。」
「じゃぁまた甥っ子さんに?」
「それもハズレ。」
彼はそう言いながら運転席に戻ってきた。オレンジの薔薇と黄色のガーベラの黄色の花束だ。小さいながらもすごく鮮やかだった。
しかしその問いに思わず首をひねる。
「うーん、じゃぁ誰に・・・・。」
「ヒントは俺の大切な人、かな。」
「分かった、お母さん!」
「・・・・・・ハズレ、はぁ。」
長太郎さんは何故かため息を漏らすと、花束を私に向けた。
そして私の左手をとった。
「君にだよ。」
「・・・・・え?」
「はぁ・・・・・・・碧さん。」
「は、はい。」
「俺と・・・・・・結婚してください。」
「・・・・・・・・。」
赤い顔でそう言った長太郎さんの姿に、ただただ唖然としてしまった。
ぽかんとする私に、長太郎さんが少し慌てはじめる。
「あ、あれ?前に言ってた、君の理想を参考にしたんだけど・・・・・失敗?」
「・・・・・・。」
「ご、ごめん、やっぱり今のは・・・・。」
「お、」
「お?」
「覚えて、たんですか?」
『どんな場所でもいいんで、花束持って「結婚してください」っていうのが理想なんです。』
彼はあの時私が言った言葉をずっと覚えていてくれてたんだ。
言葉にしたら途端に嬉しさがこみあげてきて、さっき自分が考えていた事がちっぽけなものになった。
私は長太郎さんの手を握り返すと、シートベルトを外して彼に抱き着いた。
「・・・・・最高のシチュエーションです。」
「・・・・本当に?」
「はい。」
「よかった。」
安堵した声でそう言った長太郎さんが抱きしめかえしてくれる。その温もりが嬉しくて涙が出そうになる。
家に帰ったら景ちゃんに電話をしよう。驚くかな?それとも予想通りとか言われるかな?どっちでもいいや。兎に角私は、この人が大好きなんだから。
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