そう言って黙って歩き出した鳳さん。その隣を一緒に歩いて付いていく。
ちらりと隣を盗み見れば鳳さんの肩が雨に濡れていた。私はあれから全然濡れていないのに。そんな優しさになんだか少し胸がまた痛くなった。



「元気だった?」

「え、あ、はい。元気でした。」

「・・・・・・・ごめん、こんな話をしに君のバイト先まで行こうとしたんじゃないんだ。」



その言葉に思わず顔を上げた。え、彼は今なんて言った?



「お、鳳さん。」

「何?」

「私のバイト先、知ってたんですか?」

「うん。」

「まさか景ちゃんが・・・・。」

「ううん、跡部さんに聞いたんじゃないよ。俺が、その・・・・・。」



鳳さんはそう言うと少し頬を赤くした。こんな表情初めて見た。



「・・・・実は俺、跡部さんからお見合いの話が来る前から君の、碧さんの事知ってたんだ。」

「え?」

「あの喫茶店、気に入ってて結構前からよく行ってたんだ。」

「・・・・・・。」

「覚えてないかな、俺何回か注文頼んだ事あったんだよ。」


・・・・・・まったく覚えていない。
おでこに手を当てて小さく謝ると、鳳さんは「ううん」と頭をかいた。



「行くたびに頑張ってる君の姿見て、元気と勇気を貰ってた。」

「・・・・・・。」

「気づいたら君を目で追ってて、声もかけようとしたんだけどかけられなくて・・・・・。」



少し目を目を細めた鳳さんの肩に傘から水滴が落ちる。じわりと消えた雨粒は、重くスーツを濃い色に染めている。



「その時に跡部さんからお見合いの話を貰ったんだ。写真を見て驚いたよ、だって喫茶店の君だったから。」

「・・・・・鳳さん。」

「後はこの前話した通り。嘘ついて、君を困らせて・・・・・。」

「それは、私も・・・・・。」

「言ったろ?自業自得。だからお見合いの話も断って、無理やり距離を作ったんだ。」



そう言って目を閉じた鳳さんの足が止まる。その言葉に私も止まって彼の横顔を見つめた。
雨は次第に弱まり傘に響く音も小さくなっていく。そんなこの空間の中で、なんだか彼が少し小さく見えた。



「でも少し距離を置いたら、伝えたい事が次々出てきた。」

「伝えたい事?」

「うん。そして今碧さんに会って、また元気と勇気をもらった。だから・・・。」



鳳さんはそう言って目を開くと、私に向き直った。そして私に右手を差し出す。
傘の隙間から、太陽の光が薄く差し込んでくるのが見える。



「はじめまして、俺の名前は鳳。鳳長太郎。」

「・・・・・・・。」

「前からずっと好きでした。俺と・・・・。」



胸が熱くなる。きっとあれだ、雨が上がったからだ。
赤くなった顔で鳳さんが続きを言う前に、私はその手に自分の右手を重ねた。



「俺と・・・もう一度初めから始めませんか?」

「・・・はい。」



ぎゅっと握り返せば、鳳さんも優しく握り返してくれた。そして優しく抱きしめられた頃にはもうすっかり雨は上がっていた。
 
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