咄嗟に口を押さえたが、遅かった。
ようやくこっちを見た彼は、とても驚いているようだった。
「どうして、それを・・・・。」
呟くようにそう言うと彼は、鳳さんは目を細くさせた。
私はうつむく。
「・・・・・知ってたんだ。」
「・・・・さっき、知って・・・すみません。」
「謝らなくていいよ・・・・自業自得だ。」
その表情は少し怒っているような、どこか泣きそうな表情だった。
私は必死に続く言葉を探すが、なかなか思い浮かばない。浮かんでもそれを言ったら後はもう壊れるだけだと知っているから。
「・・・・・・俺の嘘、知ってたんだね。」
「・・・・・・私の嘘も、知ってたんですね。」
「・・・・・・・。」
「・・・・・・・。」
周りの音がやけに大きく聞こえてくる。時間がゆっくりと流れているようで、少し怖い。
意を決して口を開こうとすると、彼が、鳳さんが寂しそうな表情で笑っていた。
「正直、あの日君をホテルで見て驚いたんだ。中止って聞いてた相手がいきなり目の前に現れたから。」
「・・・・・・。」
「でも君は俺を知らないみたいだし、聞た家族構成と違う話で俺に協力を求めてきたから。」
鳳さんはそう言って手帳を胸ポケットに戻す。そして立ち上がるとあの時みたいに私の前に膝を付いた。
そして絆創膏の封を剥がす。
「・・・どうして。」
「ん?」
「どうして、私の嘘に付き合ってくれたんですか?」
「・・・何でだろう。自分でもよく分からないんだ。」
彼は私の足を優しく持ち上がると、赤くなった箇所に絆創膏を貼ってくれた。
優しい声が、私をずきずきと刺す。
「でも、君の事を知りたかったんだ。これは、本当。」
私の足から手を離すと、私の知っている優しい笑顔だった。
それで分かった、あの時話に出てきた知り合いは、やっぱり彼自身だったんだ。
鳳さんはまた立ち上がると、また寂しそうに笑った。
「・・・俺の名前は鳳。鳳長太郎。」
「・・・お、鳳さん・・・。」
「この数日で君の事が知れてよかった。会えてよかった。」
「・・・・・・・。」
「・・・・・・ごめんね。それから、ありがとう、碧さん。」
そう言った鳳さんは私のよく知る柔らかい表情で、笑った。
胸が痛くて、視界が滲む。
「さようなら。」
はっきりと、でも凛としたその言葉は私の涙を誘うのには十分だった。
滲む視界で鳳さんがゆっくりと背中を向ける。歩き出す。
手を伸ばしたり、駆け出したりして、その背中を止める資格は私にはない。ないんだ。
人ごみの中に消えていくその背中を見つめながら、私はただ涙をこぼした。
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