「聞いても、いいかな?」
隣に座った宍戸さんが私の方を見ないでそう言った。その声はとても弱い。
「はい、何ですか?」
「君は、その・・・・・どうして結婚を嫌がってるの?」
「え?」
「あっ、いや、ほら、その相手と結婚すれば、少なくとも借金は返せるでしょ?それでも結婚したくない理由っていうのが、あるのかなと思って・・・・。」
続けて「ごめん」とまた謝る宍戸さんは頭をかいた。横目で私を見る宍戸さんに思わず笑みがこぼれた。
いろんな表情を見せる人だな、王子みたいに微笑んだり、悪戯っぽくしてみたり、そして今は、焦ったように頭をかいている。
「・・・・恋もした事ないのに、お見合いなんてしたくないんです。」
「え?」
「あっ、け、結婚です結婚!」
「うん。」
「その・・・・うまく言えないけど、そう言うのはお互いをよく知ってからなるものだと思うんです。だからお見合いも、結婚も、私にはまだ早い・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・周りで心配してくれている人がいるのも分かっているつもりです。」
景ちゃんが本当に私を想ってお見合いを設定してくれたっていう事も分かってはいる。しかしまだ私には早すぎる。と思うのだ。友達の話に出てくるような恋もした事ないのに、結婚だなんて。
それがわがままだって事も分かってはいるつもりだ。でも。
「・・・・それに私、理想のシュチュエーションがあるんでそれに限りなく近くないと結婚したくないんです。」
「理想って、どんな?」
そう言った宍戸さんは茶化す様子もなく、やっぱり優しい笑顔でそう言った。
私はちょっと下を向くと、声を絞り出す。
「どんな場所でもいいんで、花束持って『結婚してください』っていうのが理想なんです。」
わぁ、なんかものすごく恥ずかしい!前にこの話を景ちゃんにしたら『お前意外とロマンチストなんだな』って大爆笑されのを思い出した。
私はそんな思いでを振り払うと、頭をかいて宍戸さんに向き直る。
「なんか笑っちゃいますよね、あはは・・・・。」
「笑わないよ。」
「え?」
「笑わない。すごく素敵だと、俺は思うよ。」
そう言う宍戸さんは本当に王子様のようだった。その笑顔に胸が熱くなる。少し、恋に似た感じを思い出したが、すぐに振り払った。
それはだめだ、だって彼は協力者なんだから。
「それに、参考になったかな。」
「参考?」
「あ、えっと、こっちの話。」
宍戸さんはそう言って一人納得したように頷いていた。
そんな横顔を見て同じ質問を彼にも投げかけてみた。
「宍戸さん。」
「・・・・・・。」
「宍戸さん?」
「え、あっ、そっか宍戸は俺だね。うん。何?」
「宍戸さんはどうして、協力者になってくれたんですか?」
「・・・・え?」
私の問いに驚いたように目を丸くさせる宍戸さん。やがて視線を外すと、頭をかく。
「えっと、それは、甥っ子が君の服汚しちゃったし・・・・。」
「でもそれは大丈夫だと・・・・。」
「俺が気にするんだよ。それに・・・・ちょっと君みたいな知り合いを思い出しちゃってね。」
小さくそう言った宍戸さんの表情はさっきとは少し違い、なんだか少し悲しそうな表情を浮かべていた。
彼は私の方を向かないまま話を続ける。
「つい最近お見合いする事になってたんだけど、相手にすっぽかされたらしくて。」
「へぇ・・・。」
その言葉に思わずドキっとしてしまう。うわぁ、もしかして宍戸さんの知り合いが私のお見合い相手で、もしかして私の嘘がばれてる!?
・・・・・いやいや、ないないない。自分にそう言い聞かせる。
「そいつもお見合いをどうにか断ろうとしてたらしくてね。その理由が君とよく似てたから。」
「え!?しゃ、借金の肩に結婚、ですか?」
「違う違う、『相手をよく知らないまま、結婚なんてできない』って事。」
「あ、そっちですか・・・・・。」
「だから、君に協力者になってよかったと思ってる。・・・そうだね、相手を知らないなんて、ダメだよね。」
やっぱりどこか悲しそうにそう呟いた宍戸さんはようやく私の方を向いた。そしてゆっくり立ち上がると、足元に置いてあった大きい紙袋を持つ。
「今日はありがとう、そろそろ帰ろうか。」
「あ、はい。」
宍戸さんがそう言いながら私に背中を向ける。私はその背中がなんとも寂しそうに見えた。まるで迷子の子供みたいだ。
「何?」
「え?」
振り返った宍戸さんがきょとんとした表情で私を見降ろしていた。そこでようやく私が彼の服の裾を掴んでいた事に気づいた。まったく無意識だった。
とっさに手を離す。
「す、すみません!」
「・・・・・・・・・ありがとう。」
宍戸さんは私を見て何故かそう言うと見慣れた笑顔で私の手を取った。一気にまた胸が熱くなる。
やっぱりそれはだめだ、だって彼は協力者、なんだから。今の私は嘘の私なんだから。
いろいろな感情がぐるぐると渦巻いている中、私は暖かくて大きなその手を握り返した。
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