担任から願書を受け取った。自分で決めた市外の被服科がある学校。サエには勿論言ってない。本当に知ってるのは樹っちゃんと亮だ。後は、オジイぐらいである。



「喧嘩、したの〜?」


「・・・そんな感じ。」



オジイにさえもみんなと同じように返事をした。オジイは「そう」とだけ言うと私の頭を撫でた。小さい頃から私に何かあるとオジイはいつも頭を撫でてくれる。何も言ってないのに何でも分かってるみたいだ。
そんな暖かい手の平に涙が出そうになった。



「瑠璃。」



家に帰ると母に呼び止められた。手にはあの高校の願書が。保護者の名前の記入欄があるために、朝何も言わずに机に置いていったものだった。



「あ、それ気づいてくれたんだ。」

「こういうのは置きっぱなしにしちゃダメよ、まったく。」



母はそう言うと願書を私に差し出した。保護者の名前の記入欄には母の名前が。



「名前、書いておいたわよ。」

「・・・ありがとう。」

「もう一度だけ聞くけど、ここでいいのね?」



母のその言葉に私はただ頷いた。母はそんな私の姿を見ると、私の頭を撫でた。



「おばあちゃんとも話し合って、瑠璃が他にやりたい事あるなら無理に店の事は言わないって決めてたんだけど・・・・さすが四代目ね。」



母はそう言って私の肩をばしばし叩いた。若干痛い。しかしその言葉に私はちょっと嬉しかった。



「でも意外。」

「何が?」

「瑠璃は虎次郎君と同じ高校行くんだと思ってたから。」



母も勿論サエを知っている。というかとても気に入っているようだ。亡き祖母もそうだったようで、ある時サエに『婿に来ないか』と言ったぐらい。



「サエは、関係ないよ。」



私は呟くようにそう言うと、願書を受け取った。そして自分の部屋に向かって歩き出す。母は何も声を掛けてこなかった。


『もう、何も見ないし何も聞かない。瑠璃には関わらない。』



あの時のサエの言葉がまた胸に突き刺さる。自分から言い出したくせに未練がましくぐちぐちと引きずるのは私の悪い癖だ。
今は記憶の中のサエもピントが合っていなかった。
部屋に入ってベッドに倒れ込むと、私のケータイが鳴った。
手を手繰り寄せてそれを取るとディスプレイには剣太郎の文字が。ぼんやりしながら通話ボタンを押す。



「もしもし?」

『あ、やっと出た!』



電話の向こうの剣太郎は珍しく息を切らせていて、いつもより声も慌てたようだった。



「どうしたの、剣太郎?」

『瑠璃さん、今どこ?』

「え、家だけど?」

『どうりでどこ探してもいないはずだ!でも瑠璃さんなら何か分かると思って!』

「何が?フェンスが壊れた?ネットが破れた?」

『サエさんが事故に合った事だよ!』



え?
通話越しの剣太郎の声が途端に聞こえなくなる。



『今母さんがおばさんから聞いたらしくて、六角病院に運ばれたらしんだけど、』

「六角、病院。」



六角病院はここからそう遠くない病院だ。私はベッドから飛び上がると、近くにあった上着を掴む。



『ちょっと、瑠璃さん、聞いてる?』

「ごめん、剣太郎。」



短く言うと通話を切ってケータイをポケットにしまった。上着を羽織りながら家を飛び出す。行き先はきっと六角病院だ。冷静にそう考えながらも、暗くなってきた道を走る。息が苦しい。視界が滲んで記憶の中のサエの姿も見えなかった。
  
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