やさしい思い出


やさしい思い出












人には見えない妖が見えてしまう盲目の少女と、法師です。

上の絵は、彼女が、今はもういない法師とのやさしい時間を思い出している様子です。

下の絵は盲目少女のアップ。



自分が絵を描いて、その設定をもとに、

友人の【桃野結愛さん】にお話しを書いていただきました!

(このページの下方に、お話を掲載してますので要チェック!!)

共同創作って、とても楽しいですよね!



近いうちに【神崎大地さん】が、これに沿った音楽を提供してくださるので、

CDを制作する予定です!

なんか気がついたら大変なプロジェクトになっとった…



(制作時間:上8h、下1.5h)




★★★★★

以下、桃野さんが作ってくださったお話のテキストです。


文章にしてもらうと、

私のイラストからは感じられない音とか匂いとか、

人物の思いとか、

そういったものが伝わってきて、

うわわわすごいぃぃぃぃ!!!!ってなりました笑



400字詰めが7枚くらい?なので短くて読みやすいと思います。

ぜひ読んでみてください。



★★★★★







冬に多く雨の降る山があった。

 その山には人を喰うあやかしが住むとされ、禁足地となっていた。鬱蒼とした深い緑の木々が集まる険しい山。足を踏み入れた人は決して帰らない、呪いの山。ただし雨の日だけは別だった。

その雨は冬の身を刺すような冷たさを強めたが、不思議と山は落ち着き、人々の心も安らいだ。この山では、雨だけがどこか優しい。

 優しい雨にはわけがある。

 そのわけとは、深く暗く悲しく、人の業を映し出すものだ。それは人の犯した罪の物語。陰惨な人の世に生まれ、その苦しみを一身にうけた、ある少女にまつわる昔話。




 貴族にとって重要なことがいくつかある。地位や富、交友関係…しかしそれらのすべてを満たしていても、最も重要なこと―すなわち跡取りがいなければ、すべて無に帰す。貴族にとって子供というものは、多くの意味を持つ。

 ある貴族の家に一人の娘が生まれた。その娘のほかに子は無く、一族の誰もが待ち望んだ子供だった。男でないことが不満といえば不満ではあったが、女でもいずれ子を産めば跡取りができる。一族のものは喜んだ。

 しかし彼女には一つ大きな問題があった。目が開かなかったのである。これはとても大きな問題だった。一族はあらゆるつてをたどって高名な医者や呪い師にかからせたが、どうにもならなかった。それでも待ち望んだ子であることに変わりはない。彼らは盲目の娘を、立派な貴族の娘に育て上げようと決意した。

 娘は目のことを除けば健康だった。すくすくと育ち、七五三を終えたころにはとても愛嬌のあるかわいらしい少女になっていた。また頭もよく、才女の片鱗を見せ始めており、両親や一族の者たちは彼女に大きな期待を抱いた。

 そのころから盲目の少女は、時折誰もいないところに向かって語りかけるようになっていた。だが周りの大人は、少女が盲目であるがためにそこに誰かいると勘違いしているのだろうと、問題にはしなかった。一方で少女の中には疑念が生まれた。確かにそこには何かがいるのに、大人たちは誰もいないと言う。やがて少女は大人たちには見えない、自分にしか見えていないものがあると確信した。周りの人と自分では見えているものが全く違うのだと。

 少女は周囲の不理解を不思議なことだとは思わなかった。なぜなら、盲目の少女からすれば、周りの大人たちの話す「色」や「模様」といった概念が理解できず、そしてだからこそ、周りの人間が自分の見ているものを理解できないこともまた当然だと考えたからだ。

 少女と周りの大人との間にはこのように確かな壁があった。けれどもたいていのことはうまくいっていた。両親は娘に愛情を注いでいたし、盲目とはいえ少女もその愛情をうけて貴族の子として順調に育っていた。また一族もますます栄えていた。
しかしそうした状況も、少女の十の誕生日までしか続かなかった。


 
少女の十の誕生日。その日の夜明け前、少女は夢を見た。夢の中で、少女にしか見えないものが語りかけてきた。

 「ヨク育ッタ。身体ハマダ幼イガ、ソノ目ノ力ハ十分ニ強クナッタ。我々ハソレガ欲シイ。多クノモノタチガ待チワビテイタヨ。」

 その語り口は少女がそれまでに感じたことのないほど禍々しく、恐怖に満ちていた。そして今まで見えていたものが、見えてはいけないものだったのだと悟った。

 その日から少女の様子は一変した。これまでとは違い、周囲の人から見ても明らかに異様な言動が増えた。発作的に暴れだすようになり、そうでないときは常におびえているようになった。やがてそういった状況がうわさとして社交界に広まった。人の世において、他人の目は大きな力を持つ。まして貴族の社交界ではなおさらだった。少女がこのままであれば、少女だけでなく、一族に白い目が向けられてしまうだろう…そうなれば一族の地位は脅かされ、少女を育てる意味すらなくなってしまう…両親は少女を捨てることをためらわなかった。

 そして盲目の少女は理解した。自分は愛されてなどいなかった。両親の優しさもぬくもりも、愛などではなかった。ただ一族の跡目をつくる役目のために守られていた。しかし一族に害をなす存在となった今、自分には何の価値もないのだと。そしてその原因が目ならば、これは生まれながらに決まっていたことなのだと。

 こうして少女は絶望のうちに、僻地の山の頂上にある廃寺に閉じ込められた。




 それから五年ののち。冬のこと。

 旅の僧侶はその道中、ある噂を聞いた。とうの昔に閉じた寺しかないはずの山奥から何者かの気配がすると。そしてそれは一人や二人ではない。その山には人ならざる者どもが集まっていると。

このような噂は、僧侶にとっては特別なことではなかった。彼は修業の末に習得したあやかしを封じる法力をもって、そうしたことごとを解決することを生業としていたからだ。僧侶はその山に向かった。

山に入ってみると、確かに気配がした。多くのあやかしの気配。その中心は山頂付近にあるという廃寺であろう。そうあたりをつけて、雪の積もった荒れ果てたけもの道を進んだ。

途中で僧侶は奇妙なことに気が付いた。多くのあやかしのなかに紛れたかすかな気配。もしやこれは人の気配ではないか。しかしこれだけのあやかしの集まる山。人がまともに生きていられる状況ではない。しかしその気配は山頂に近づくにつれて確かなものになっていった。

廃寺にたどり着いた僧侶は、その異様な光景に息をのんだ。廃寺の門は固く閉ざされ、その門と寺を囲う壁には札が無数に張り巡らされていたのだ。しかもそれはあやかしを遠ざけるためのものではなく、内側に何かを封じ込めるためのものだと、僧侶は見抜いた。中に何かが封じられている。一方で、先ほどから感じ続けている確かな人の気配。それはこの内側から感じられる。どういうことか。

僧侶は意を決して門をたたいた。

すると中から、しゃがれた老婆の声が返ってきた。

「どちら様で…?」

僧侶は、答えた。

「私は旅の者です。あやかしの集まるというこの山の噂を聞き、私の法力が役立つのではないかと思い、参りました。」

門は開かれた。



廃寺の中は不気味に暗かったが、人が暮らしている雰囲気が色濃く感じられた。そして、もうひとつ、感じているものがあった。それは、この老婆のものではない、確かなもう一人の人の気配。おそらくそれが、この廃寺に封じられている者。老婆にそのことを尋ねると、廃寺の奥深く、おそらくまだ寺が人々の信仰の場であったころには本尊が置かれていたであろう部屋を指しながら、老婆は答えた。あそこに、お嬢様がいらっしゃると。
その部屋の扉には、廃寺の門と同様に無数の札が張られていた。老婆はおびえた様子でそこへ近づこうとはしなかったので、僧侶は一人、歩みを進めた。

近づくほどに強くなる濃いあやかしの気配と、同時に感じる人の気配。多くのあやかしがこの山に集まる理由がここにあると確信した。同時にこれだけ強力な気配、封印を解けばそれが自分に向かってくることも考え、身構えながら、戸に手をかけた。戸を閉ざしていた封は強力だったが、僧侶の法力がそれを解く。戸は開かれた。



開放された戸から射した弱弱しい光の中で、僧侶の目が捉えたのは、顔はやつれ、体はやせ細った、一人の少女だった。



少女は五年ぶりに、人の気配を肌に感じた。それはこの数年間、絶え間なく少女の命を狙い続けたものたちの気配とは全く違っていた。それはどこまでもあたたかく、優しい気配だった。

しかし両親に捨てられ、世話係の老婆には怖がられ避けられ続け、そして自分だけに見えるものどもに命を狙われ続けた五年の日々は、少女の心を凍りつかせてしまった。少女が感じた優しい気配は、その凍りついた心までは届かなかった。少女は強い憎しみを込めながら言い放った。


「あんたも私の目が欲しいのか…!」


僧侶は少女の目の力を見抜いた。少女の様子からここに封じられてから長い年月が経つであろうことも、その目の力故に家族に捨てられたのであろうことも、そしてその目はあやかしに狙われるだけの価値をもつことも。同時に僧侶は、目の前の少女が過ごしてきたであろう過酷な日々を察した。僧侶は、このあまりに不憫な少女に心を捕らわれた。そして―


「私は君を助けたい。私が君の目を封じましょう。君のそばにいてあやかしを遠ざけましょう。きみの心が解けるまで、私がそばにいましょう。」
僧侶は少女の目に手を当てながら呪文を唱えた。少女の目は何も映さなくなった。




僧侶は廃寺に留まった。そして結界を張りあやかしを遠ざけた。また少女に呪のしるしの入った目隠しをさせた。

かすかに明るくなった廃寺で、少女は久方ぶりに、人間らしい生活を送った。僧侶は少女とともに山に出かけ山菜をとり料理をした。少女に旅の話、外の世界の話をした。世話役であった老婆は相変わらず少女を恐れ自ら近づこうとはしなかったが、無理に遠ざけもしなかった。今までのように戸越しでなく、直接世話をした。

また、僧侶は自分の力についても話した。これは多くの人々を目に見えない恐怖から守るために身に付けた力だと。その力―法力は僧侶の優しさそのものだった。
他人の優しさとの触れ合いの中で、少女の心は徐々に解けていった。




そうして季節が巡り、再び冬が来たころに、少女は僧侶に尋ねた。

「どうして私を助けてくれたの?」

「…私が様々な術を身に着けたのは人を助けるためです。そしてその術の一つが君を助けることのできるものでした。だから助けました。」

「ではどうして今もそばにいてくれるの?」

「…離れれば、あやかしがまた君の目を求めて集まるでしょう。」

「私のために留まってくれているの?」

「君と。そしてこの山の近くに住む人々のためです。あやかしが多く集まれば何が起こるかわからない。」

「…そう…」

その日は、重苦しい厚い雲が空を覆っていた。



次の日、少女は部屋から出てこなかった。

そしてその日、寺に客が訪れた。

その客は、腰に刀を下げており、一族からの迎えを名乗った。お嬢様をお迎えにあがった、と。老婆はその男をもてなした。そしてその男にこの数年間のうちにあったことを話した。一年ほど前、一人の僧侶が寺を訪れ、その法力で少女の部屋の封を解いたこと。それからその僧侶と過ごす日々の中で少女はかつての幼い頃の利発な少女に戻りつつあることを。老婆は今の少女ならば両親のもとでもかつてのように暮らせるのではないかと期待していた。そして、迎えの男を僧侶のもとに通した。


僧侶はその男を一目見て見抜いた。その男は、僧侶があやかしを遠ざけ封じ人を守るのを生業とするに対して、あやかしを滅ぼすことを生業とし生甲斐とする、法師であると。
僧侶は身構えながらその男に尋ねた。

「…なぜ彼女の迎えが『法師』なのですか?」

「…それほどの法力を持つあんたならわかっているだろう?お嬢様の目がなんなのか。」

「それではあなたは『迎え』ではなく…」

「ああ、『あやかしの目』を始末しに来た。」

 そう言うと法師は、刀に手をかけた。



そのころ、少女は悩んでいた。僧侶が目を封じてくれてから、あやかしを見ることはなくなった。もし僧侶がいなければ、あの常に命が狙われ続ける日々が続いていただろう。僧侶がそこから助けてくれた。それだけでなく、寺に留まりいろいろなことを教えてくれた。僧侶のおかげで乳母とも話せるようになった。両親に捨てられ、あやかしに命を狙われる恐怖を誰にもわかってもらえず、孤独だった。希望などどこにもなかった。


そんな私に、僧侶は人間らしい日々をくれた。僧侶と老婆と日の光のもとで過ごす日々は、幸せだった。

…でも。僧侶は私だけを見ているわけではない。ふもとの村の人々や、私の目を奪ったあやかしが害をなすだろう人々。その人たちのために、私のそばにいてくれている。それが、寂しい。


少女は、恋をしていた。





 戸の向こうから世話役の老婆の呼びかけが聞こえた。一族の者が迎えをよこした、と。少女はその言葉を全く呑み込めなかった。一族?誰のこと?私を捨てた人たち?とまどいながら戸を開く。そこには老婆が立っていた。次の瞬間、その腹を突き破って、何かとがったもの―刀の切っ先が現れた。

 老婆の背後には、覚えのない、背の高い男が立っていた。

 「これであとは御嬢様、あんただけだ。あんたの境遇には同情するが…その目はあってはならない『あやかしの目』。始末させてもらう。」

 少女は人間の放つ殺気を感じたのは初めてだったが、それはあやかしの殺気やそれにさらされ続けた日々、そして両親に捨てられた時の絶望を思い起させた。少女は立ちすくみ、動けない。禍々しい数珠を幾重にも巻いた法師の腕が、少女の目に迫る。そしてその手が、目隠しに触れる。その瞬間だった。

 突然、目隠しから真っ黒の霧があふれ出し、法師を包み込んだ。そしてそれは散り散りになり、後には何も残らなかった。

 少女は事態を飲み込めなかったが、その黒い霧の中に確かに僧侶を感じた。


 (「あとはあんただけ」…?…彼は…!?)


 
少女は走る。かすかに感じる僧侶の気配のもとへ。



 何も映さないはずの目に映るは、幸せな日々。



 走り進むにつれて、それらが遠ざかる。



 少女は、僧侶のもとへたどり着く。




「どうして…?」

血にまみれた僧侶を前にして、少女は立ちすくんだ。雪が降り始め、あたりは冷え切っていた。

「…すみません。」

僧侶にはまだ息があった。

「あの目隠しは、いずれ来るであろう刺客からあなたを守る最後の手。」

「え?」

「いずれ君の一族の誰かが君を殺しに来ることは・・・わかっていました。それが人というもの。人は時に己の都合しか考えなくなる。君の一族のように・・・地位の高い者たちは特に。」

「どういうこと?」

「おばあさんに聞いた話では・・・君がここに封じられてから六年。そろそろ君が社交界から忘れられる頃あい。君の一族はそれを機に・・・そして君がまだ子供のうちに・・・、一族の汚点である君を消そうとしたのでしょう。…しかしまさか、法師とは…」

「…そんな…」

「ただの人間ならこの場所にはたどり着けないはずでした・・・しかしあの法師は優れていた。もう少しで君は殺されるところでした。あの目隠しの呪いは禁じ手。発動すれば私は法力を失う・・・そうなれば…どのみちもう、君を守れません。あとは君の…その目の力しか…」

「でもあなたは!その力は人々のためのものだっていったじゃない!」

 僧侶は微笑みながら、しかし力強く否定した。

「…いいえ。私は初めて会ったあの時に、ただ君だけを守りたいと思った。君の目があやかしのものと知りながら君ごと封じてしまわなかったのは・・・私の身勝手。…どうか生き延び…て…」

そうして僧侶は、息絶えた。




「ヨウヤク死ンダ!コノ時ヲ待ッテイタ!ヨウヤクソノ目ガ我ノモノニ!」

少女の視界に映るもの達は喜び口々に叫んでいたが、少女の耳に残るのは唯一、僧侶の最後の言葉。『生き延びて』。

(そうか…目の力…)

僧侶を運命に奪われた少女は、その身を、悲しみや怒りや絶望といった心を焼き尽くすような感情に、委ねた。

 少女の目は、どんな闇よりも暗く重い紫の光を放った。その光が周囲のあやかしを一掃した。それほどに少女の目の力は育っていた。

 だが―その光の中心にいる、少女の姿をした美しいあやかしには、すでに人の心は無かった。





 こうして、この山には一人の美しく、そして恐ろしく強力なあやかしが住み着いた。そ れは少女の姿で、目には目隠しをした、そして長い光るような紫の髪を持つという。

 この山に入ってはいけない。そのあやかしは人を恨んでいるから。ひとたび山に入れば出てこれはしない。

 ただし、雨の日は別だ。この山の雨は、彼女の涙。彼女がまだ人だったころ、ある男に恋をしていた。その恋は実ることはなかった。しかし彼はたとえすべてを失ったとしても、彼女の命を守ろうとしていた。それが、唯一彼女の心に残る人の記憶。それを思い出して泣くのはまさに人の心。雨の日だけは、彼女の心は人の心なのだ。




 これが、冬の山に降るどこか優しい雨にまつわる、一人の少女の物語である。






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