音が変わる
彼女が自らの過去を話している間、誰一人として口を挟まなかった…いや挟めなかった
彼女の過去は彼らにとって信じがたい物であったからだ


アラガミが居ない世界などあるのだろうか。平和な世界など存在するのだろうか
彼女は実際目の前に存在しているのに自分たちと同じでなく、未知の世界からやって来たというのか
これほどまで強く淡々としている彼女が昔は弱くて最弱とまで呼ばれていたのか
今自分たちに話してくれた過去を極東の皆に伝えた時、誰にも信じて貰えず狼少女とまで罵られたのか
最弱から最強になる過程が酷であった
彼女は……ずっと一人ぼっちだった




「さて、私の昔話は一通り終わりましたよ?どうでした?面白かったでしょう」


全てを語り終えた彼女は笑みを湛えていた。けれどその笑顔は笑顔になっていない。声も笑っている顔も笑っている
けれど目は笑っていない。底冷えするかのように冷たく静かな敵意さえ感じる
彼女の目は語っていた。どうせお前たちも一緒だろう?、と
笑えるような話ではなかった。笑いが起こるような内容ではなかった
けれど彼女は張り付けた笑顔で笑う
彼らは常に無表情の彼女に笑って欲しいと思っていた。些細な事でも何でもいいからと。
笑ったらきっと綺麗なんだろうな、と思っていた
でもこんな笑顔は望んでいなかった
とても似合わない笑顔だ
彼女の話を聞いていて、静かに涙を流すシエルにすらマシロは冷たい目で見つめる
彼女の目には自分たちが昔の極東の皆と同じだと思っているのだろう。


静かに話を聞いていたギルは思った。信じて欲しいと願う彼女は…彼女自身が他人を信じようとしていない、と
一人ぼっちになったマシロは信じるということを止めたのではないかと
そして最弱と呼ばれた弱弱しい彼女が本当の姿なら、無表情で何も語ろうとしない冷めた目をしている自分たちの知っている彼女の姿は作り物なのではないのだろうか


「……それでは短い間でしたがお世話になりました」


その言葉に皆一様に驚愕した顔で彼女を見る
皆の顔を見たマシロは不思議に思う。そしてすぐに悟った
何故皆そのような顔をするのだろうか……あぁ、戦力が欠けてしまうと困るからか。別に私いなくてもブラッドは強いんだからいいじゃない…いや違うか。私なんかのために色んな人が動いて迷惑かけてしまうものね


またも彼女の悪い癖が始まった
自分を卑下するようになったのも彼女の過去が影響している
本来の彼女はそんなことを考えるような子ではなかった
じめじめと後ろ向きなことばかりを考え卑屈になってしまうのも仕方ないのかもしれない


マシロは3年前と同じように仲間たちから信じて貰えなくなってここから出ていこうと考えていた
一体誰がこの話を信用してくれる?
心を許し信頼できる者達が信じてくれなかったのだ。ブラッドだってきっとそうだろうとマシロは決めつけていた
私の居場所はここじゃない。外の世界が私の居場所である
彼らに背を向け歩き出そうとしたがそれは出来なかった
マシロが背を向ける前にナナが彼女を思いっきり抱きしめたからである


彼女の言葉を聞いた瞬間彼らの心の中は一つになった
マシロをこのまま行かせてはいけない、と


確かに信じがたい話だ。信じるどうこうの前に想像上の話になるし無茶苦茶だと思った
しかし、マシロの目は嘘を言っていなかった
思い出せば彼女が嘘をついたことなど一度だってないのだ
拒絶され拒絶し続けるマシロを自分たちが受け入れることから始めなければ何も進まない
堂々巡り…いやそれよりも最悪な形になっていくだろう
それを阻止しなければいけない。マシロに心から笑って欲しい信じて欲しい…信じ合いたい
だから自分たちが信じよう


皆の心は一様にソレだ
彼らはマシロの話を聞いて信じ受け入れることにした
そんな彼らの心境も知らないマシロは何故急にナナが抱きしめてきたのか分からず困惑していた
心の中では罵倒しつつ善人の仮面をつけて慰めているつもりなのだろうか…
マシロはまたも暗い考えに陥る
しかしその考えも一瞬で吹き飛んでしまった
何故ならナナがガバリと体を離し、泣きながらマシロの頬を思いっきり左右に引っ張ったからである


「ううううあああああん!マシロのバカ!バカバカバカ!」
「にゃ、にゃにひゆ!?」
「なんでもっと早くに教えてくれなかったの!なんで私達から逃げようとするの!」
「にゃんふぇっへ」
「なんで悲しいのに笑うの!なんで私達が信じないって決めつけるのおおおおお!」
「っ…」
「マシロの世界とかよくわかんないよ、でも私達は信じるに決まってるじゃん!」
「ひょんなほほ」
「だって仲間でしょ!!!!」


早くに教えなかったのも言う意味がなかったからだ
逃げようとしたのも自分が臆病であの時と同じ目に遭うのが怖かったからだ
悲しいよでも皆にとっては面白おかしい話だと思ったからだ
決めつけるよ当たり前じゃない。誰がこんな私のこと…信じてくれるのだろうか


……………………仲間?


真っ直ぐすぎるナナの言葉にマシロは強い衝撃を受けた
そして今やっと気づいたのだ
誰一人として笑っていない蔑んでいないバカにしてない
皆…皆泣きそうな顔して辛そうな顔して私を見ていた
それは私が信じれないからという顔ではない
私の話を真剣に聞き入れてくれたからだということに今さら気づいてしまった
じゃあナナが泣いて抱き着いてきたのも?
私の…為?


マシロは途端に罪悪感が襲い掛かって来た
すぐに人を信用出来る程心は癒えていない
しかし、酷い事を心の中で思ってしまったと後悔が襲う
ナナが善人の仮面をつけて慰めているフリをしているのだと…どうしてこんな酷い事を思ってしまったのだろうか
一緒に居たからわかっていたはずだ。
ナナは仮面をつけれるほど器用じゃない。彼女はいつだって真っ直ぐで正直者だ
ごめんなさいナナ。私が、私自身が貴方を傷つけていた
私はいつだって人を傷つけてばかり…


「なぁマシロ。お世話になりましたとかそんな、そんな悲しい事言うなよ」
「そうです。…マシロはどこにも行きません。行くことは許しませんっ」


悲しそうな顔で笑うロミオと泣きながら消えることを許してくれないシエル


「そうだぜ姫。姫の居場所はここだ。ここ以外にねぇよ」
「俺達はお前を信じる」


優しく微笑むジンさんに短くでも力強くはっきりと信じると言ってくれるギル


「これはブラッド隊長命令だ。マシロ、俺達の前から消えることは許さない」


優しく厳しい命令を告げるジュリウス


「ゆっくりでいい。少しずつでいいからお前も俺達を信じてくれ。俺達は仲間だろ」


いつの間にか頬を抓るのを止めたナナに再び抱きしめられていた私にギルが近づき、私の頭をぐしゃぐしゃと乱暴に撫でた
その乱暴な手つきが異様に優しくて彼らの言葉が暖かくて…
心のどこかがじんわりと熱くなってホッといつの間にか張っていた緊張が解けて…思わず視界が滲んでしまった


「髪の毛乱れちゃったじゃん」


ポタリと頬を伝うモノを気づかれたくなかったマシロはナナの背に弱弱しく腕を回し、乱れ解けた髪で顔を覆った
きっと彼女は気づいていないだろう
泣き顔を見られたくないからと髪で顔を覆う前に花が綻ぶように薄く笑ったこと
そしていつもの堅い口調が少し崩れていたことに


人はそう簡単に変われない
でも少しずつ変わることは出来る


マシロを見て彼らは再度心に誓う
このままにしてはいけない。極東の彼らから逃げてはいけない
本当の彼女を見つけ出そう……と
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