前を向いて
―とある青年のお話―




青年は同じ部隊の少女と共に愚者の空母と呼ばれている場所に任務として来ていた
2人は任務対象のアラガミを一通り片付け後は、帰還用のヘリを待つだけだった
待つだけだったのだ…


自分と少女2人しかいないと思っていたこの場所でアラガミの悲痛な叫び声と銃声が鳴り響いた
自分たち以外に誰かいるのか…
青年は銃声の鳴る方に走った。そしてその光景を見て言葉を失った
それは隣に居た少女も同じだった


数が数えきれないほどの沢山のアラガミの山の上に女が腰を下ろし足を組み、欠伸をしながら神機を片手で扱い向かってくるアラガミを次々と蹴散らしている
その光景を見て何が言えるだろうか


「おい、なんだよありゃ」


出てきた言葉はそれだけだった
ガシャンと隣から音が聞こえたので振り向けば少女が神機を落とし涙を流していた


「マシロ……さん?マシロさん!!」


アラガミの山をまた新たに作っている女の名前だろう
少女はその女の名前を何度も何度も呼んでいる。少女の名前を呼んでみたが聞こえていないようだ


「あ、あぁ生きて…生きていたんですね…良かった…よか…」
「生きて?おい泣くなカノン!一体どう言う事なんだ!…彼女は誰なんだ」


生きていたことに喜ぶとはどういうことなのだろうか
少女と女は知り合いなのだろうか
次々と浮かんでくる疑問を一度打消し少女の名前を呼びつつ肩をゆする


「ごめんなさい。ごめんなさい…あなたの言うことは全て正しかったのに!」


何度名前を呼んでも肩をゆすっても少女は戻って来てくれなかった
ただずっと女に対し謝り正しかったのに、と言うばかりだ
青年は一度少女から目を離し、女に目を向ける
少女の声も自分たちの存在も女は気づいていない様子だった


女の前に一体の黄金のアラガミが颯爽と現れた
見たことはあれど戦ったことはない。あれは確か…スパルタカスと呼ばれているアラガミだ
女はそのアラガミを視界に入れた瞬間目を輝かせたように見えた
そしてアラガミの山から下り、堂々とスパルタカスの目の前まで来て両手を広げたのだ
不敵な笑顔で何かを言った。ここからの距離だと何を言ったかは聞こえなかったが口の動きを読むと多分女は「殺して」と言ったと思う


不可思議な行為をするその女に度肝を抜かれた
危ない女を助けに行こうとしたのだが、またこの女に驚かされることになり足を動かす力が抜けてしまった


スパルタカスの攻撃をいとも簡単に避けたのだ。
スパルタカスの拳は地面を抉っていた。女は抉られた地面をちらりと見て残念そうな顔でため息を吐き、一瞬でスパルタカスを斬り殺した


スパルタカスは強いと聞く。簡単に切り殺せるほど軟なアラガミではないとも聞いている。
それなのに女はスパルタカスが攻撃する暇もなく、さくっと殺したのだ
何故死にたがっているように見えた女がつまらなさそうに殺したのだろうか
何故女は殺してと言ったのだろうか


女はもう居なくなっていた
動けなくなっていた体はヘリの音に反応し、やっと動かすことが出来た。それは隣の少女も同じようだった
ヘリの中で少女に女について問いただした。
少女はポツリポツリと話し出してくれた


その話は辛くて重くて悲しくて、許せることは出来ない話だった
目の前の少女はここに居ない女に懺悔する


少女は女に何もしていなかった。していなかったがそれはしていたことと変わらない
女の噂に疑問を抱き女の元に行こうとすれば他の者が少女を女の元に近づけさせなかった
根掘り葉掘り様々な女の事を教えられ近づいてはいけないと言われた。一種の洗脳だ
少女は困惑しながらも女に近づくことをやめ、遠くから女を見ることとなった
そんな日々が続いたある日、女が消えたのだ
何故消えたのかはわからない。ただ第一部隊の者達は涙を流し青ざめた顔をしていたそうだ。
その後全てが分かったらしい。女の噂は間違っていた
女の言っていたこと全てが正しかったと。何一つ間違いなどなかった…自分たちが女を傷つけたこと以外は
何度探しても、何度謝りたくても女は現れなかったらしい
そして今日、やっと探し求めていた女に遭えたのだと少女は涙を流しながら言い終えた






その女に遭えたのはあの任務から1週間がたった後だった
そこに立っている女に表情はない。あの時の不敵な、全てを諦めたかのような笑顔はなかった
目ざとい自分はすぐに気が付いた。女は全てを隠していることに、表情も感情も自分の心の声も表面には出さず潜めていることに
それは女の後ろに立ち此方を睨んでいるブラッドの副隊長さんも同じく気づいているのだろう。
副隊長さんは自分が女を過去に傷つけた者かそうでない者か見極めているように感じた。いや多分きっとそうだろう。副隊長さんは女の過去に何があったか知っている者なのだろう。
その顔は噂に聞く変態野郎の顔とは程遠い。冷たく鋭く、目で人を殺せそうな顔をしている。一切の遠慮のないその目に睨み付けられ、恐ろしい顔に緊張と恐怖で自分の背中に冷や汗が伝う。
きっと女には一度も見せたことがないのだろう。女が振り返れば見た者を怯えさせ震え上がらせるような視線と表情を一転し、にこやかにほほ笑みながら煙草を吸っている表情を作る。女が此方に顔を戻せば副隊長の顔も戻る…素早い表情作りにおっかなびっくりだ。


その後の副隊長さんは男としてとても見てられない、辛い事をされ気絶してしまったが。
何をどうされたかというと口に出すのも大変痛々しいことなのだがぼかしながら言わせてもらうと、副隊長の副隊長を女の美脚でグシャです。


彼らを残し、先に行ったカノンに追いつけばカノンは廊下の端でしゃがみ泣いていた
彼女は女に気づいていた
だが自分は女を傷つけた者、再会として喜びたかったが女は受け入れないだろう。だから女に気づかないふりをして先に行ったのだとカノンは言った。
確かに女はきっと喜びはしないだろう。憎まれるかもしれない
だがお互いのどちらかが動かなければ何も変わらずそのままだ。どちらかが動き前に進まなくてはいけない
どうすれば動かせるか…それは自分が誘導してあげるべきなのではないか
青年は心の中で自問自答する。過去に捕らわれた彼女は自分の部下だ。ならば隊長である自分が率先して背中を押してあげなくてはいけないだろう。
女の方も少しずつ距離を縮めていけれるようにしなくてはいけない


過去に捕らわれたままの2人を見ると誰かさん達を思い出すなと青年は思った
その誰かさん達も過去に捕らわれているままだ
過去は変えられない、過ぎ去ったものは変えられない
前を向けないのは何も彼女たちだけではない
だが少しでも変えられる未来があるならば…
青年は自分の心の声を無視し、まずは女と接触して仲良くなるところからだと策を練り始めた


目は口ほどに物を言う
どれだけ隠したって他人の表情に敏感な女には筒抜けであるなど青年はまだ知らない
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