動き出す日常
「とまぁこんなことがあったのさー」
「…」


これでは確実に行くことが決定されている
どうしてグレム局長は反対してくれなかったのか
彼が一言ダメといえば極東に行くことはなかったのに
また戻るのか
あの地獄の日々に戻るのか…
極東に行くということはアリサに会うだけではない
過去の、3年前のメンバーたち、ヒバリさんや防衛班とも会う可能性は格段に高い
どうにかして極東に行くことを逃れる術はないか…混乱している頭で必死に探す


「極東に行くことはもう決まってんだからね姫」


嫌だ私は行きたくない
もう怖い思いをするのはごめんだ
彼らにまたあの目で見られると思うと吐き気がこみあげてくる
助けれなかった一人の白い少女の事も思い出す


「マシロ…」
「…」


ジュリウスさんの呼び掛けに反応できない
ただただ彼の手首を強く握るしかできない。まるで母親に泣いてすがりつく幼子のようだと我ながら自分の行動に呆れる
私はただ忘れたいだけなのだ
過去を無かったことにして、ブラッドとして、新しい日向マシロとしてやっていくつもりだったのだ
過去の私に戻りたくはない


「私は、行かない」


震える声で伝える
敬語が外れていようが、仮面が取れていようが関係ない


「私は絶対に行かない!!」
「マシロ、どうして」


あなたたちは味わったことがないから
皆に嫌われてのけ者にされたことないから
皆に認めてもらえず、部屋の片隅で悔しくて悔しくて泣いてばかりの毎日を送ったことがないから
心が死んでいく、そんな自分の状態を感じ取ったことがないから


あそこは怖い
あそこは地獄
私にとってあそこに行くということは過去に戻るということ
もう泣いてばかりの日々は送りたくない
皆に私の事知って欲しくない
きっとブラッドの皆にも嫌われる
また始まってしまう


「嫌だ!嫌だ!!」
「落ち着くんだ!」


彼の手を離し、逃げようとした
ジュリウスさんは落ち着かせるために私に向かって手を伸ばす
その手が私には、自分を殴ろうとしているように見えた
混乱し、恐怖に陥っている私は思わず逃げるように、その手から逃れるように彼の手を叩いてしまった


「あっ…」
「っ!」


今、私が彼を傷つけた
傷つけられた心を知っているはずなのに、今私がしてしまった
拒絶され続けた私が今度はジュリウスさんを拒絶した
私はなんてことをしてしまったのだろう
あ、あ、あぁ…


「ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!!」
「大丈夫だ!大丈夫だから!!」


今度は私が彼に叩かれるのだろうか…
パニックに陥った私はもう自分の考えていること言っていることがわからなくなっていた
ただここから逃げないと
その言葉しか頭になかった
逃げるために足を動かそうとしたら、今まで黙っていたジンさんが喋り出した


「マシロ。逃げてばかりじゃ何も始まらないぞ」


分かっている逃げていちゃダメだって
でも、でも…
あなたに何がわかるのよ…


私は逃げた
過去から、ジュリウスさんから、彼の言葉から…










庭園にて、マシロを除いた皆が集まっている
俺達はジンを見ている
彼は何食わぬ顔で煙草を吸い続けているが、
この空気に耐えられなくなったナナがジンに向かって話し出す


「ねぇジン。ジンはマシロのこと何か知っているの?」


そう俺達の疑問
俺達はいつもふとしたジンの行動や発言が気になっていた
マシロを何かしら守るかのように行動するその理由が知りたいのだ


「さぁ、俺が知っていることは少ないよ」
「じゃあ、何で守るかのように行動するんだよ」
「先程も何やら彼女のことを知っている感じだったしな」


先程の彼女は異常だった
俺の言葉が聞こえていない、震えて怯えて
いつもの無表情が剥がれて彼女の内面が出ていた
彼女はただ助けを求めていた


俺達はいつも彼の行動、考えていることが全くと言っていいほどわからない
この際だから知っておきたいのだ
俺達の圧に負けたのか、ジンは深いため息を吐いて煙草の火を消す


「本当に、俺は少ししか知らない。てか、彼女は俺の事すら覚えていないようだしな」
「どういうことだ?」
「俺たちは一度会ってんだ。たった一回きりな」


一回しか会ったことないという割には、行動の不明部分が多すぎる
俺達は静かに彼の続きの言葉を待つ


「だけど俺にとっては大切な一回なんだ。彼女のおかげで俺はまだ生きている」


「知りたいみたいだし。少し話しよっか。俺とマシロの過去を」










これは昔々、ある居住区での
少年と血まみれの女神の出会いのお話です
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