代償と信頼と苛立ち
二人を放って帰還した私はさっさと部屋に戻りたかったが、邪魔が入った。
ここ最近こういうことばかりの気がする。部屋に篭りたいって思っている時に限って誰かしらの阻止が入っているような気がする。(主にブラッドメンバー)
今日は誰だろうと思い、自分を呼び止めた声の主の方に振り向けば想像したいた人物達と違い、額にはちまきを巻いている見知らぬ男性だった。


「そこの姐ちゃん、すまねぇがあのロシア人の指揮官の姐ちゃんにこれを渡してくれねえか」
「ロシア人?」
「あのクレイドルっていうやつに所属してるロシア人の姐ちゃんだよ」


クレイドルでロシア人の姐ちゃんとやらは私の知っている限り1人しかいない。渡してくれと無理やり持たされたのは何かの図面だった。
もちろん私はその姐ちゃんに会いたくないので図面を突き返すが男性は腕を組んで頑なに受け取ろうとしてくれない。


「私にはその姐ちゃんとやらがわかりませんので」
「何言ってんだ。俺がたまにこっち顔出したときあんたら何回か顔合わしてたじゃねえか」
「……合わしてないですね人違いですね」
「なわけねえだろ。あんたらケンカしてるのか何なのか知らねえけど、顔合わす度にいつもあんな険悪な雰囲気になってるのか?」


どうやらこの人に嘘は通じなかったらしい。おまけにケンカときた。なんかケンカって言ったらまだ可愛い感じするけど私たちそんな可愛い関係じゃないんだよね……


「工場新設の件はこっちで仕切るからあの姐ちゃんに働きすぎるなって伝えといてくれ。じゃあな」
「え、ちょっと………」


こう、なんで私の周りにいる人たちは私の意見を聞いてくれないのだろうか。もう少し私も意見を述べたい。
手元にある図面に目を通す。また会いに行かなくてはいけないらしい。
確かぶっ倒れたから帰還して早々に病室送りになったんだっけ?ヒバリさんがそんなこと言っていた気がする。
病室入って投げ渡す感じでいいかな。いいよね私はそれでいいかなと思ってます。




病室に入れば目的の人物が暗い表情でベッドに腰かけていた。彼女の周りにジメッとしたキノコが沢山見えるのは気のせいだろうか、気のせいであってほしい。
よし、投げ渡そう!と投げようと大きく手を振り上げた所で彼女が魂が抜けるぐらいの大きなため息を吐き出してキノコがわんさか生えているベッドに身を投げた。おまけに人差し指でベッドをグリグリして呻いている。
いきなりの奇妙な行動に、私は投げる寸前の所で動きを止めてしまったのでものすごく不自然な格好で固まってしまっている。
彼女は私が居ることに気がついているはずだ。だってさっきから呻きつつチラッと此方見てまたグリグリして呻いてチラッと見て…の繰り返しを永遠としている。
おいやめろ、そのあざとい行動今すぐやめろ。後、その捨てられた子犬のような目やめろ。
私が何か話しかけるのを待っている感じだ。話し掛けない時間が長くなる度に新しいキノコが続々と生産されている。


わかったわかったよ。投げるのやめるからキノコ生産するな。というよりなんで私は話したくない奴と話をしなきゃいけないんだろうか、相手も私のこと嫌ってるのに…一体どんな拷問だよ…


「長居するつもりはありません」
「あ、あのマシロ。先程は……ご迷惑お掛けしました!」
「………」
「ただの過労だったそうです。看護師のヤエさんに、無理しすぎだって怒られちゃいました」


苦笑しつつ話し出した彼女の言葉に3年前のあの時のことを思い出す。3年前は立場が反対で、私もこんなことを目の前の彼女に言ったことがある。あの時は過労ではなくて怪我だったけれども。
そう、その時彼女は私に向かってこう言った。


「迷惑です」
「え…?」
「迷惑なんです。私より弱い癖に無理して前に出てこないでください。」
「っ!?」
「惨めで見てられません」
「ど、どうしてそんなこと…」
「自分の体調管理すら出来ない人がでしゃばらないでください。」
「ごめんなさい……」
「貴方は何の為にクレイドルになったんです?自分1人が無理して体調を崩す為になったんですか?クレイドルというのは貴方1人でやっているのですか?」


私の問いかけに彼女は大きく目を見開く。だけど私の勢いは止まることはない。


「人と人との繋がりで、信頼と信用を得てこそなのでは?」
「だからこそ!私が働き続けなければ!プロジェクトリーダーの私が、私自身がやらないといけないんです!」


何かしらの恐怖を感じてかそれとも怒りでか、震える手をもう片方の震える手で押さえている。しかし私を見つめ返す目は力強く輝いている。
自分に言い聞かせて体に鞭を打つことを止めるつもりなどない。だけどそれによって他の人を巻き込んでは意味がない。


「先程も言いましたが、それは貴方一人で出来るものなの?」
「それは…」
「貴方一人が焦って何が出来る?一人で悩んで焦って体に鞭打てば信用と信頼は得られるもの?」
「……分かってる、分かってるんです。でも、ね。性格なのかな…」
「貴方は余り変わってませんね」
「え?」


不器用で他人に頼ることが苦手。自分がやらないとと何かしらの使命感に燃える。
彼女の性格は私と似ている部分が多い。だからこそ彼女の言い分だってわかるのだ。今の彼女は昔の私と同じ。自分がやらないと、自分が動かないと変えないと…そんなことばかり考えて1人でに焦る。
だけど、今の私からすると彼女の行動は無意味で無様に映る。彼女には他にもクレイドルの仲間が居るのだから頼ればいいのだ。今の彼女はあの時より強くなっていてもはっきり言ってまだ弱い。それは力の事を言っているわけではない、心の事を言っている。
仲間が、心から頼れる強い仲間が居るのだから頼ればいいだけの話なのに…


彼女の目の前にはちまきを巻いた男性から頼まれていた図面を突き出す。
目の前に出されたものに戸惑う彼女の意志を無視して受け取ろうとしない彼女の膝の上に図面を無遠慮に置く。


「これは…工場の図面!?」
「はちまき巻いた男性から渡してくれと頼まれたので。あぁ後、働き過ぎるなと仰ってました」
「棟方さん…やっぱり私、無理してたんですね」
「えぇ迷惑に思うぐらいには」
「…周りの人の事を見ているつもりで、全然見えていなかった。私一人では何も出来ないって分かってたはずなのに…」


私もそうだった。だからこそ私は一人になった…一人で意味も分からずこの世界に飛ばされて一人ぼっちになった。
私は何か出来ることがあるはずだと信じ貫いてきたものは簡単に砕け散った…でも彼女は違う。私と同じようで彼女は全く違う。
私は一人ぼっちだったけど彼女は仲間が沢山いる、手を差し伸べてくれる者が沢山いる。
さっき彼女の言い分も分かると思ったけど、彼女自身とその立場での言い分は分からない。
彼女も私の立場の言い分なんて永遠に分からないだろう。一人ぼっちの立場の私と仲間に囲まれた彼女の立場…私達の立場は天と地の差があるのだから。
妬ましいとも羨ましいとも思わない。彼女は彼女で私は私だ…
そう言い聞かせてないと私はきっと前を向いて立ち上がっていることが出来ない気がするから


「ゼロか、あるいはマイナスからのスタートは厳しいでしょうが…貴方には頼れるべき仲間がいるのですから焦らなくても徐々に良い方向に向かうんじゃないですかね?まぁ貴方が一番頑張らないといけませんが、難しかったら頼ればいいだけの話ですから」


彼女が何かを言う前に早足で病室を出ていく。長々と変な助言をしてしまったが私は彼女を心配してあんなこと行った訳じゃない。これ以上私に関わって来ないでくれたらいいだけなのだから。
『知りませんよ』と冷めた目で私を見つめる彼女の顔がふと浮かび上がったが、すぐにその顔を振り払う。
そう知るもんか。彼女の事なんか知らない好きにすればいい。無理をして死のうが、仲間に慕われようが、焦って落ち込もうが…私には関係ないのだから。






「マシロ…それは、その言葉は貴方も含まれてますか?マイナスからのスタートでも、深い溝が埋まらなくても…いつか…いつか良い方向に行きますか?待っててくれますか?笑いあえる未来に、やり直せる未来に…してもいいですか」


何かを決心したかのような彼女の顔に迷いの色はなかった
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