君の知らない

あれは小学校の低学年の時だったか、朝顔の鉢植えが配られた。人さし指の第一かんせつまで穴を空けてそこにたねをうえなさい。ひなたにおいて毎日水をあげなさい。先生の言った通りに綱吉は世話を欠かさなかった。暫くして小さな芽が出てきた。クラスで一番だ。嬉しくなって沢山水をあげた。先生が水は植物にとってご飯だといったから。いっぱいたべておおきくなれ、と小さな体で重たいじょうろを運んだ。そうして花が咲くのを楽しみに待った。けれど、綱吉の愛情を反比例に一番早く出した芽が一番のりで枯れた。朝登校して、色を失ったそれに気付いて、泣きながら先生にすがった。先生は綱吉の頭を撫でておみずのあげすぎね、と笑った。せんせいがいったんじゃないか、おみずはごはんだって。


執務室に鉢植えが置かれた。手のひらサイズの暖色でデザインされた鉢はとても可愛らしい。この部屋での唯一の綱吉の私物がこれだった。大きなデスク、大きな椅子、大きなソファ、そんな中窓際に小さく佇む愛らしい鉢植え。いつの間にか自分を重ねていたのかもしれない、綱吉はまだ芽も出ないそれをひどく寵愛していた。その日だって骸が傍らにいるというのに鉢植えを見つめてばかりだ。

「そんなにそれが大事ですか」
「早く咲かないかなあ」
「‥何が咲くんです?」
「知らない。雲雀さんが咲かせた時の楽しみにとっておきなって」

植物に罪はない。億を超える確率で雲雀に選ばれ、綱吉の手に渡ったというだけだ。けれど、骸にはそれだけのことがどこまでも忌々しかった。嬉しそうに水を与える綱吉に、いっそのこと、壊した鉢植えの破片で心臓を貫いてしまおうかとさえ思った。哀しむ綱吉の顔が色鮮やかに浮かぶ。自分のせいで綱吉の顔が歪むのは最高に快感だった。

「明日には芽が出るといいんだけど」

贈り物はいつだって、花束だとかドライフラワーだとか、はたまた装飾品の類だとか、何にせよ完成美ばかりだった。どうだと言わんばかりに輝く品々は勿論美しくはあったが、如何せん綱吉には眩しすぎる。だから、雲雀のような、「未完成」の贈り物は初めてで、育てなよ、と差し出されたとき、嬉しさに何と返答したか覚えていない。赤が咲くのか、黄に色づくか、はたまた青か、待ち遠しく眠る毎日は夢のようだった。

「君がそこまで望んでいるならきっとすぐに顔を見せますよ」

まるで滑稽な姿を嘲笑うようにオッドアイは細められた。鉢植えに、ではない、綱吉に、だ。背中に注がれるその狂気にも似た眼を綱吉は知らない。…そう、綱吉は何も知らない、とうに花の種など埋まっていないことも。もし、植物が土も水も養分もないところでも育つというなら、明日辺りにはそこのゴミ箱から芽が出てくることだろう。

(土を育てているなんて、なんて滑稽!)


「どんな花なんでしょう」
「きっと、綺麗な花だよ」

「楽しみですね、とても」


今日も土に水を注ぐ。













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080131
140624 加筆修正




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