責任とってよね 3words企画(@P_W_I_word) 「怪物」「絆創膏」「珈琲」 |
「わ!ち、ち、血!」 それは異様に赤い月の夜だった。残業を終えた綱吉が、自宅の前で見つけたのは、額から血を滴らせた黒い男である。この沢田綱吉という男、羨ましい程に平々凡々、人並みの人生を送ってきた。それ故、顔面を地で濡らす光景など、漫画やテレビの中の世界の話だと思っていた。マンションの出入り口付近に腰を下ろしていた男の手を引き、部屋に上げてしまったのはあまりにも動揺していたからだろう。とにかく血を、止めなければ、その一心でぐいぐいと腕を引っ張った。引かれる男も、何か言葉を発した様だが、特別抗う様子も見せなかったため、こうして二人で帰宅した結果となる。 そして、男の額には絆創膏が貼られた。 「あんまり傷深くなかったみたいで良かったです。ガーゼとかないんで、これですみません…でもないよりマシかと…」 男は不思議そうに、絆創膏を撫でている。 部屋に連れ込んだはいいものの、こういった類に明るい訳ではない。兎に角まずは消毒だ!と、濡れタオルで血を拭い、露わになった傷口に恐る恐る消毒液を染み込ませれば、小さく呻くものだから、綱吉の方がびくりと肩を揺らしてしまった。されるがままの男は、何を言うわけでもなく、ぎこちなく処置をする綱吉をじっと見つめいたので酷く緊張してしまい、絆創膏が曲がったけれどそれは黙っておくことにした。 さて、勢いで現在に至ってしまったが、目的を果たした今、どうするものかと綱吉はソファで隣合い困り果てていた。そもそも普通の人はこんな時間にあんな姿で座り込んでいるだろうか?他人の、もしかしたら危ないかも知れない人と、密室に二人。なかなかにスリリングな夜だ。さぁ、如何にしよう。終わったんで帰ってください?頼まれてもいないことを施しておきながら、今度は帰れとは勝手すぎやしないか。どうぞ楽にしてください?寛いでもらってどうするんだろう。お風呂入りますか?なんでだよ。 室内に響き渡る時計の音が、殊更この空間の可笑しさを強調させるようだった。呼吸ですら気を使ってしまう。もしかしたら彼もまたこの状況に困惑しているのだろうか。取り敢えず謝るべきだ、無理矢理連れてきてしまったのは紛れもない事実であるし、そう綱吉が口を開きかけた刹那、 「雲雀」 男がぽつりと言葉を発した。 「へ?」 「僕の名前」 「ひばり、さん?」 「そう」 こくり、雲雀と名乗った男が頷いた。問われはしなかったが、何と無く綱吉も自身の名を告げれば、雲雀は噛み締めるが如く反芻する。混じり合った漆黒の瞳にはどう覗いても、脅威はなくて、自然と嫌な力が抜けるのを感じたのだった。 「雲雀さんは、どうして、怪我してたんですか?」 「勝手に僕の縄張りに入ってきた奴がいて、咬み殺しに行ったら、ちょっと手こずった。まぁ、当然僕が勝ったけど」 「喧嘩、ですか?」 「喧嘩、じゃないね。殺し合い」 「こ、ころっ…!?」 「僕ね、」 雲雀がずい、と近づいてきた。正面から顔を覗き込まれ、つい反射的に体を引くも、ソファの背凭れに憚れ、逃げ場を失う。 「人間じゃないの」 心地よい低音が鼓膜を揺らす。投げ掛けられた言葉の意味は勿論理解が追いつかないけれど、けれど何とはなしに、すとんとあまりにも綺麗に腑に落ちたので、どうしてか納得してしまった。 「人間じゃないなら、なんでしょう?お化け?妖怪?」 「妖怪なんて心外だけど、君達の言語で僕を表する言葉がなくてね。怪物、が一番近いかな」 「へぇー!どんなことできるんですか?!」 「怖くないの?」 「はい!」 「どうして」 「んー…怖いって感じがしないから!」 「答えになってない」 くつくつと笑った雲雀が綱吉の眼前で手をを広げ、摺り合わせた指でパチンと音を鳴らした瞬間、その手のひらに紫色の炎が浮かびすぐに消えていった。 「すごい!手品みたい!」 「こんなのは口笛みたいなものだよ。僕たちは宵を司る怪物」 詳しくは話してもらえなかったが、怪物にも様々種族がおり、能力も多種多様だとか。今雲雀が披露したような細やかなものから、治癒、破壊、創造、幻覚に至るまで、どの種族も大抵は扱えるが、血によって得手不得手がある様だった。雲雀の一族が得意とするのは、破壊の能力だと言う。 「わぁ〜っ、この手、どうなってるん――うわ、雲雀さんの手冷たい!もしかして、体冷やしちゃったんじゃないですか?」 「あぁ、暫く座っていたからね。そうかもしれない」 「今、温かいもの入れますね!えーと、コーヒー飲めます?」 「コーヒー…ね、まぁ、飲むことはできるよ」 「へぇー、人間の食べ物大丈夫なんですね」 「怪物と言ったって、大方君らと変わらないさ」 「そうなんだー。砂糖いれますか?」 「いや、何もいらない」 独特の深みのある芳ばしさが部屋を満たす。あまりに非日常性に溢れるこの数十分間に対して、嗅ぎ慣れた豆の匂いは相反していた。 「熱いから気を付けてくださいね」 マグカップを受け取った雲雀は臆せず口をつけた。熱さに強いのだろうか、平気な顔で湯気ののぼるカップを傾けている。綱吉も隣へ腰を戻し、両手で包んだカップに息を吹き掛けたその次には、ソファに押し倒され、ほんのつい先刻まで手中に収まっていたマグカップは綱吉の腹上に座する雲雀が握っていた。 「雲雀さん?」 「蜘蛛はコーヒーを飲むと酔うんだよ」 「はぁ、」 「酔って滅茶苦茶な巣を作るの」 「そうなんですか」 「コーヒー、僕たちの間では何に使われるか、知ってる?」 ゆっくりと、大層緩慢な動作でカップをテーブルに置いた雲雀が、覆い被さる。 「媚薬」 その言葉を脳が処理するより早く、咥内へぬるっとした異物を感じた。それが雲雀の舌先だと気付いたのは、唇が離れた後。 「…さっ、き、飲めるっ、て…!」 「飲めるよ、ただ催淫薬ってだけだもの」 鼻先の端麗な顔面がにやり、妖艶な笑みを形作る。するすると、ネクタイを解かれる音がした。 「責任とってよね」 - - - - - - - - - - 150119 はじめてのべろちゅー きみとべろちゅー (夜中3時のテンション) |