せーので笑った

『十分後迎えに行くから』

 こんな文面を不親切と言わず何と言うのだろうか。綱吉は携帯を手に固まっていた。記憶の限りでは雲雀と約束を交わした覚えはない。どうして、どこへ、何をしに、思考回線は疑問符ばかりが浮かぶが、今己にできることはただ一つ。十分以内に身支度を整えることだ。

「偉いね」

 指定された時間丁度に姿を現した雲雀は、平生の学ランではなくシンプルな私服を纏っていた(冬休みだと考えれば至って当然だけれど)果たして彼の示した称賛は時間を守ったことだろうか、それともこうして従順に玄関前へ立っていたことだろうか。真意を探るよりまず、やはり、何故を問わねばと開きかけた綱吉の口を気に掛けることなく、雲雀は早くも行くよ、と身を翻していた。目的が決まっている様で、その足は少しも迷いを見せない。歩幅の狭い綱吉だとやや急く必要はあるが、無理を求められる速度ではなかった。一生懸命隣を歩く。開いた唇は何となく閉じられてしまった。
 大人しく追従すれば辿り着いたのは並盛駅前である。道中、いくらか会話は交わしたものの、これからどこへ連れてかれるものかと、真冬に嫌な汗を掻く綱吉の頭では、弾むような返答も期待できず、火を見るより明らかに沈黙の比重が大きかった。そんなわけで、気を紛らわす為、自然と視線は辺りを這う。市の中心部から電車で数十分、繁華街とはお世辞にも言えないけれど、生活をするには困らない程度に整っていた。この時期はそんな駅前も右に倣えとばかりに、至る所がクリスマスという大行事を意識しており、商店街の入り口なんかには小さなツリーも並んでいる。どうしてか町中このイベントが好きなのだろう、それなりに凝っている軒先も見受けられ、感心を抱いていると、突如、くんっと腕を引かれた。転ばなかったのが奇跡であるが、どうやら雲雀は沿道の店に用があるみたいだ。何用かと背伸びした鼻先に香ばしい温かな物体が差し出される。

「わ、たい焼き!」

 反射で受け取ってしまったが、雲雀は何も言わず頷くだけなので、綱吉はいただきまーすと、その頭に齧り付いた。

 それから気付くと映画館にいた。これでいい?チケットカウンターの前で、彼が指示したのは、最近公開された世界的なアニメーション映画だった。何とも似つかわしくない、が首を横に振る選択肢は思い浮かばなかったし、それに綱吉自身は見たい見たいと思っていた作品である。おかげで不可解な誘いであったことも一時は忘れ去り、前のめりになる程に大きな画面に釘付けになった。それでも時折隣の席が気になり目をやれば、雲雀も銀幕へ集中している様だ。

「面白かったー!こう、CGも凄くて、話もよくて!俺泣いちゃったの…気付いてましたか?」
「うん、面白い顔で泣いてた」
「あー!だから雲雀さん変なところで笑ってたんだ!」

 帰路、綱吉は映画の感想を興奮気味に身振り手振りを交えながら語っている。互いに同じものを共有したからであろうか、気づけば先刻までの重い沈黙が自然と溶け出していた。ふ、っと小さく息を吐き出した綱吉は一歩、雲雀の方へ身を寄せる。

「あ、の、今日は、何だったのでしょう!」
「何って、クリスマス」
「…ふぇ?」
「あぁ、そうそうこれ」

 ちぐはぐな会話を気にも止めない雲雀が鞄から取り出したのは、紫色をしたマフラー。ぐるぐると綱吉の首元へ巻きつける。

(もしかして、)

 プレゼント、というやつだろうか。容赦なく口は塞がれてしまった。辛うじて鼻先は逃れたが、やや息苦しい。けれど、赤く染まる頬を覆い隠すには丁度良かった。

「雲雀さん…ごめんなさい、何も、用意してない、です…」
「いいよ、別に。綱吉といれたらそれで」
「う、で、でも」
「じゃあ、来年、楽しみにしているよ」

 そうして雲雀は綱吉のふわふわとした頭を撫でる。伝わる温かさに思わずくしゃりと笑って見せたが、口許を隠す紫に溶けて消えてしまった。

「巻き直す」

 くるくる、と先ほどは逆回りで解かれていく。時折、雲雀の無骨で冷たい手が頬を掠めてくすぐったい気持ちになった。解いたマフラーの両の端を綱吉の顔の高さまで上げられると、世界は遮断されて、視界に捉えるは雲雀の涼しげな顔だけだ。思わず見惚れ呆けていたので、やたら近くなった距離に気付いたのは、唇に柔らかなものを感じてからであった。

「ひ、ひ、ひば…!」
「メリークリスマス、綱吉」

 それは紫の向こうの秘密のキスでした。








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141224
メリークリスマス!






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