ハッピーメリーホーリーナイト

「おや、サンタさんですか?」

 人が本当に驚いた時には声を出せないと言うが、どうやらそれが事実であることを身を持って知った。暗がりに浮かぶ色違いの瞳に、綱吉は窓枠に足を掛けた中途半端な体勢で動きを止める。止めざるを得なかった。背負った大きな袋がかちゃりと虚しく鳴く。

「大分想像と違いますね、豊かな髭もなければ、恰幅が良いわけでもない」

 月明かりがなぞる部屋の主の表情は、実に愉快そうであった。寒いから閉めて貰えますか、なんて優しく声を掛けられて、気付けばその通りに従い正座までしている始末だ。ベッドから降り立った青髪の男が膝が触れ合う程の距離に腰を落ち着ける。綱吉は思わずぐっと体を強張らせた。

「あ、あの、ここ、女の子…4歳の…の部屋…」
「女の子?ああ、確かに向かいに小さな可愛らしい子が住んでますね」
「向かい…?」
「なるほど、慌てん坊のサンタクロースとは実在する、と」

 彼の意図することはわからず首を傾げるに留まるも、いくら鈍いと名高い綱吉でさえ、今自分がどんな状況に置かれているのかは理解に時間を要さなかった。「いいか、地上の人間どもに見つかったら住居不法侵入で捕獲されるからな」師からそう執拗に教えられていた。捕獲後は暗室に監禁、特別な自転車に跨がされ地球の電気を作り続けるのだと言う。この電気の一部も一昨年捕まったあいつの、それ以上は口を噤み師は肩を震わせながら俯いてしまった。生まれながら怖がりの綱吉だ、その話を思い出しては幾度眠れぬ夜を過ごしただろう。真っ青な顔の彼の頭を埋めているのは、ひたすらにペダルを漕ぐ自分の姿であった。

「ご飯…ちゃんと出るかなぁ…」
「ご飯?」

 無尽蔵に湧き上がる不安が、どうやらぽろりと口から零れた様だ。これからの己の末路を知るだろう男は何故だか不思議そうに瞬きをしている。

「もういいから、早く捕まえてください…俺、頑張って電気作ります…」
「君は何の話をしているのでしょう?」

 焦れた綱吉が、だから、と教えをそのまま復唱し終えると同時に、男は突如噴き出してしまった。事態の急転、当然困惑し言葉を投げ掛けるも、一向に笑い止む様子はない。時計の秒針が裕に一周はしただろうか、漸く呼吸を整えた男は穏やかに微笑んでいた。

「そうですか、サンタにも見習いがいるんですね」

 サンタクロース――もしかすると世界で一番有名な人物。聖なる夜に、ソリを走らせ子供たちへプレゼントを配る姿は、独特な赤い服に白髭を蓄え、可愛い子達への愛情でふくよかにお腹を膨らませている、のがこの世界の共通認識だろうが、正確には「写真はイメージです」なんて一文を添えなければならない。まず、サンタクロースは実在する。だが、一人ではない。この広い世界の子供という子供の元へプレゼントを届けるため、何百人と言うサンタクロースが従事しているのだ(言われてみれば至極当たり前のことではないか)それ故、今まさにこの瞬間、子供たちが心待ちにしている朗らかそうな初老男性は単なる象徴に過ぎない。

「う、うん、そう。今年が初当番で、俺、ダメ見習いだから、道とか間違えないように気を付けてたのに…」

 残念ながら詳しいことは言及できないが、実はこの地球のどこかに、サンタの村がある。綱吉はそこで落ちこぼれのサンタ見習いだった。村で一番の家庭教師に師事を受けるも、地図が読めない、ソリは扱えない――同年代で最後の見習い、の烙印を押されていたのだ。やっとの思いで師から合格と下され、今夜が初めての仕事。訪れる家、子供、プレゼント、何度も何度も繰り返し確認したというのに。

「では、急がないと夜が明けてしまいますね」
「そうなんだよ!皆待っててくれてるのに…でも…」
「来てください」

 男は何気ない所作で綱吉の手を取り、窓際まで連れて行く。触れた指先はやけにひんやりとしていて、咄嗟に握り返してしまったのは、暖めてあげなければと使命感に駆られたからである。気づいた男が綺麗に笑い、窓を開けてから、目の前の家を指差した。

「あのピンク色のカーテンの所がその子の部屋です」
「うん」
「行ってあげてください」
「へ?……捕まえない、の?」
「えぇ、僕は電気よりも子供たちの笑顔が好きですから」

 驚きと喜びで口をはくはくさせている綱吉に、男は彼のズレた赤い帽子を直してやりながら、ただし、と顔を近づける。鼻先掠める程の距離で覗き込む宝石の様な両の瞳に、綱吉はどうしてか頬に熱が集中しているのを感じた。

「また来年も僕の所へ来てくれませんか?」

 ぱちくり、大きく瞬きをする綱吉を他所に、男の骨ばった指が今度は襟を正してくれる。

「プレゼントなんていりませんので、ただ君に会いたい」

 どうです?と問われて、綱吉な何度も頭を上下に振った。壊れたおもちゃのようだ。いつまでも停止しないおもちゃを止めたのは、無事に帰れるおまじないです、そう頬に落とされた柔らかな口付けであった。



 村に戻った綱吉の不自然な赤い顔に、全てを悟った家庭教師が、村中へ響き渡る声で叱ったのはまた別のお話。






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141210







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