君の世界を回すのは

 すっかり冬の色に染まった街並みは、どこか浮かれ気味で、ただでさえ気分の良いものではないのに、道端で冷えた空気を揺らす安っぽいギターの音が殊更神経を逆撫でした。寒い、と感じないわけではない。心の方が冷えきってしまっているからなのだろうか。前を横切る通行人のマフラーがゆらゆらと、歩く速度に合わせて舞っていた。非常に不愉快だ。
 そう、寒くないと言えば嘘になる。もう冬も絶頂で、コート一枚では流石に凌ぎきれない寒さになってきた。だからといって、唯一所持しているマフラーを身につけようとは思えなかった。あれ、なんて見たくもない、なのに捨てるまでの決心には至らない。
 なぜ、自分は身をこんな寒空の下に呈してまで、こんなところに突っ立っているのだろうか。自分でもわからなかった。

 よく待ち合わせに利用した駅前。休日は毎週と言っていい程、二人で出掛けた。お世辞にも都会とは言い難い町だが、それでも退屈だと感じたことは一度もない。二人で決めた待ち合わせ時間を過ぎてやいないのに、先に来ていた自分を見つけて、ごめんなさい、待たせちゃいましたね、なんて、走り寄ってくるものだから、危ないから走るなといつも言ってるだろう、そう小さな額を軽くはじくのがお決まりだった。そうして、二人、並んで歩き始める。

 冬が、好きだった。出掛ける時は、自分のコートを相手に着せた。そうすると、二回り程小さな体にはぶかぶかで、指先なんて隠されてしまう。だから、自分たちが手を繋いでいても、あまり目立たないであろう。その為には、繋ぎ方に少しコツがいるのだが、それすらも、どこかくすぐったくて、愛しい瞬間だった。

 そして今自分は、あの時と同じこの場所にいる。気が付いたらここにいた。待ち人はない。あまりにも惨めな自分の姿に笑いが込み上げてくる。冷たい風が、頭の雑音を浚ってくれた。どうにも最近、抑制できない感情の高ぶりにらしくもなく滅入っていたから、頭を冷やすには丁度良い。さて、いい加減、くだらなくなって帰ろうかと顔を上げた先、


「あ」


 目が合った。偶然というものを神が操作しているとして、感謝すべきか憎むべきか、分からなかった。お互い時間を止められたように、動かない。動けない、の方が正しいか。喉まで込み上げて来ている声は、そこからさきへ出ていくのを躊躇っている。

「…行きましょう、十代目」

傍らにいた友人が、エスコートするように肩を抱き、体を翻した。

「つ、」
「駄目なのなー」

 衝動的に追いかけようとした雲雀をもう一人の友人が阻む。殺気立てて睨み付けても、怯むどころか寧ろ同等のそれを返してきた。

「ツナ、やっとお前のこと忘れられてきたんだ。ここで追われたら、ツナの努力も、俺らの努力も無駄になる。だからこっから先は行かせらんねー」
「…君には関係ない」
「関係、ない?」

 少年の周りの温度が更にひんやりと冷たくなった。狂気にも似た怒りの、冷たく燃える炎だ。普段は人の良さそうな顔をして、そんな熱をどこに隠し持っていたのかと、驚かされる他ない。

「大切な友人が、傷つけられて、泣かされて、それでも俺に関わるな、っつーの?それはちょっと無理な話だろ、ヒバリ」

 言い返す言葉が見つからない。お得意のトンファーを握る気力すらなかった。彼の世界はゆっくりでもしっかりと軌道を正し、回り続けているようだった、自分がいなくとも。

「…ま、そーゆーわけだから。じゃあな」

 走り去る少年の背中に、憤りよりもなによりも、絶望にも似た感情が体を支配した。



 そうだ、傷つけたのも、壊したのも、何もかも自分だ。あの時の自分はどうかしていたのかも、と客観的に見ることしかできない。

 二人は、付き合っていた。自他共に幸せだと認めた。お昼は決まって二人で食べたし、放課後も出来る限り一緒に下校していた。元々照れ屋な二人だ、そう簡単に距離は縮まなかったが、それでも着実に近づいていった。そんな二人の歯車が狂ったのは、いつからだったか、今となっては思い出せない。
 きっかけは多分、嫉妬からだったんだろう。校舎で見掛ける時はいつも、友人らが脇を固めていたし、時折自分の約束よりもそちらを優先させることだってあった。けれど、雲雀は我慢していた。そもそも、それが間違いだったのだ。日頃、自我を制御しない彼が、不馴れにもそんなことをしてしまったせいで、限界を見極められず、とうとうその時は訪れた。言ってはいけない言葉を口にしたのだ――「別れよう」と。本人には別れる気など微塵もなかったが、ただ、この胸の中の、ちりちりと焼けるような痛みを、綱吉にもわかって欲しかった。嫌だ、と縋って欲しかった。俺には貴方しかいないんです、と。自分のものだと安心したかったのだ。
 しかし、雲雀の期待とは裏腹に、綱吉は静かに涙を流すだけだった。拒絶も蔑みも何もない。ぐす、と鼻を啜る音が時々聞こえるくらいだ。そんな姿を目の前にしていたら、急に我に返って、煮えたぎっていた、残虐心がすっと冷えていく。自分はなんてことをしてしまったんだろう、心に押し寄せてきた罪悪感は計り知れず、ごめん、と声をかけようとした、刹那、胸を押さえた綱吉が苦しそうに浅い呼吸を繰り返しながら床に蹲った。

 それからの記憶は断片的にしかない。とにかく、草壁を呼びつけて、袋の調達と校内放送で彼の友人を呼び出すように言いつけた気がする。その先は、まるで地獄で、思い出したくもない日々が続いた。並盛の秩序、とまで囁かれた人間が、色恋の一つでご飯も喉が通らなくなるんて、誰が信じようか。


 雲雀さん、そう呼ぶ彼の暖かい声が好きだった。その声に、愛に、嘘偽りはなかったというのに、どうして疑ってしまったのだろう。

 彼から貰ったマフラーを久しぶりにクローゼットから出してみた。鼻を押し当てる。柔らかなお日さま色をしたマフラーは、長くしまって置いたのに、何故だか優しい匂いがした。





「…なあ、ヒバリ、俺この間言ったはずだぜ?」

 忠告しても聞き入れず、教室にやってきた上級生に人当たり良さそうな仮面の笑みは憤りが隠せていない。金属バットでも持っていた殴り掛かりそうな気迫だ。


「つーか、何そのマフラー?暑苦しいからガッコン中では外せよなー」









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081205
ごめん、それからだ。

141208
加筆修正









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