雨に願えば
3words企画(@P_W_I_word)
「羅列」「傘」「噂」

 そんな驚いた顔をしなくても。綱吉は何と言うべきかわからず、気づかないふりをして前を向く。傘に当たる雨音がやけに大きく響いた。

「僕は濡れても平気ですから」

 なのでどうかお構いなく、言葉は続かずともその先を察することは安易であった。だが、やはりそれにも無視を決め込んで一方的に歩調を合わせる。男子高校生の体躯が二つ並ぶには、傘一つはやや不十分だが、右肩くらいは犠牲にしよう。加えて自分よりも背の高い相手を匿う為に掲げている腕も多少きついけれど、如何せん目の前をずぶ濡れのクラスメイトが歩いていたものだから、綱吉には見て見ぬ振りなど出来なかったのだ。確かにあまり会話を交わしたこともない、下手をすると挨拶ですら数える程度かもしれない。そんな生徒に傘へ招きいれられたら、今の彼の表情も非常に共感する。勿論、今も会話はない。柄を握る手のひらにじんわりと汗が滲んでいるのは、元より綱吉が人見知りである為だ。何か話しかけるべきだという強迫観念に息苦しくなった。どうして、こんなことをしてしまったのか、数分前の自分へ問いたい。

「僕と並んで歩いていると、噂されますよ」

 雨に濡れる沈黙を破ったのは、骸の静かな声であった。突然の発声にびくりと肩を揺らし、隣を仰ぎ見る。視線は交わらない。
 「噂」、それが意味することを綱吉も知っていた。同じクラスであるのに、挨拶すら危ういのはここに所以する。いつからか、六道骸は同性愛者であると、噂が立った。キスされそうになった、手を繋がれた、視線を感じる、クラスの男子数人が口を揃えて吹聴して回っていた。綱吉の勘の話をするならば、間に受けるな、それが結論だ。凡そ女子からの人気に嫉妬した輩による嫌がらせの類であろう。けれど、よそよそしい空気の教室で、敢えて彼に話しかける勇気が持てるかは別の話で。こうして、傘を差したのは、何となしに綱吉にとっての罪滅ぼしなのかもしれなかった。

「…知ってるよ」
「ではどうぞお行きなさい。僕は慣れましたけど、君は困るでしょう」
「――俺、は、信じてない」

 相変わらず視線は交わらない。それでも、一瞬その眼が揺らいだ瞬間を綱吉は見逃さなかった。

「だって、えーっと、落としたケシゴム拾ってくれたし、体育で同じチームになってもお前だけは嫌な顔しなかったし、おはようって言えば返してくれるし、教科書見せてくれたこともあったし、ぶつかっても怒らなかったし、えーとえーと、」

 先ほどまでの強迫観念は嘘のよう、言葉は深く考えないままに、自然と羅列する。自分自身でさえも不思議だった。心なしか雨音も優しい気がした。

「…それは全部、君への下心だとしたら?」
「ふぇ!?」
「勿論、冗談ですけど、そうは捉えなかったんですか」
「そ、そういう考え方もあるか…」
「寧ろ肯定されてるんですかね?」

 くすり、そこで彼は初めて笑って見せた。教室でも笑顔一つ見せない骸の、今日まで知らなかった表情。今度は自分が間抜けな顔をしているかもしれない。でも、それ程までに彼の微笑みが鮮やかだったのである。息を吸えば吐き出すが如く、綱吉の唇からは当たり前のように言葉が漏れた。

「俺はお前と友達になりたい!」

 これまで淀みなかった歩みが僅か乱れる。歩調を合わせようと慌てた刹那、懸命に上げていた手のひらから傘が引き抜かれた。口許を緩ませた骸が、先刻までの綱吉と同じように、二人分の雨を遮っている。

「本当に、君のことが好きだったら、どうします?」
「、それは…おいおい考える!」
「ほう、考えてはくれるということですか」
「友達のことなら、考えるだろ」
「では、まず友達からはじめないといけませんね」

 交じり合った視線は、濡れた右肩の冷たさを忘れさせてくれた。明日も、彼のこの顔が見たいと、心のどこかで願う。









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141021
短い!



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