そして笑う
(切愛プリンシプルのそれから)

「綱吉くん、起きてください」

 ゆさりゆさり、体を揺らす優しい振動に綱吉はゆっくりと瞼を持ち上げた。覚醒しきらない感覚器が、朝の光と柔らかな微笑みを携えた骸を捉える。今日のスケジュールはどうだったか、会談が入っていたような、はっきりと思い出せない曖昧な眼を泳がせた。

「むくろ…今日会談、あったっけ…」

 まだ眠っていたいよと、見下ろす頭抱き寄せ目を閉じれば、腕の中の体が愉快そうな笑いを漏らす。

「僕たちバカンス中なの、忘れてしまいましたか?」

 鼻先に口付けを落として骸は起き上がった。漸く鮮明になった視界が見慣れぬ天井を認識する。そう、骸と綱吉は休暇中であった。それも只の休暇ではない、俗に言うハネムーンとやらだ。祝福の中での結婚式を終え、興奮冷めやらぬうちに休暇を言い渡された。と言うより、追い出された、と表現すべきか。こんなハネムーンあるか、と綱吉は文句を垂れていたがその顔は笑っていた。満足行く計画を立てる時間など到底持ち得なかったが、折角だからと観光地へ行ってみることにしたのである。この地を踏んだのも云わずもがな仕事の為で、イタリアと言えば、と名の挙がるような名所へは一度として足を運んでいなかった。赤いオープンカーが半島を縦断する。「つま先まで行きたい」勿論よくあるブーツに比喩しての発言だが、骸は綱吉のそんな喩えをえらく気に入った様で、それはいいですねと鼻歌なんて漏らしながらアクセルを踏み込んだ。一週間は戻らぬように下されているから時間は十二分。道中、気になるところがあればその都度車を止め、散策したり宿を取ったりと、きままな旅であった。

「そうだった」
「全く、ワーカーホリックですね」
「寝ぼけてたの。昨夜寝かせてくれなかったのお前だろ」
「腰が重いかと思いまして、朝食を運んできてもらいました」
「…一言多いっつーの」
「おや、其の儘をフロントにも伝えたのですけどまずかったですか?」
「お前、馬鹿じゃないの…!あー!どんな顔でチェックアウトすりゃいいんだよ!」
「別に普通でいいじゃないですか、ちょっとあられもない姿を想像されるかもしれないですけど」
「……わざとやったな」
「はて何のことでしょう」

 至極満足気な色を滲ませ、骸は綱吉を抱き上げる。お姫様抱っこ。抵抗する気力もなく、なすがままに体を預けた。



「見て!骸!白砂!」

 白い砂浜、広がるコバルトブルーの海。制しかける間もなく、綱吉は靴を脱ぎ捨て走り出していった。眩しそうにその背中へ目を細める。どこか中世を思わせる街並みは、潮風と共に例え難い郷愁を抱かせた。

「何してんの、骸も来いよ!」

 足をつけた綱吉が大きく手招きする。コバルトブルーからそのまま続いているような空、雲、そのコントラストに浮かぶ綱吉、それを眩しく感じるのは果たして眼か、それとも心か、あるいは両方かもしれない。水面に太陽が反射して殊更ちかちかと彩度を放った。膝までズボンを捲り上げると、綱吉の元まで静かな波間を縫う。歯を見せて笑った綱吉が、骸へ向かって水面を蹴り上げて――ぐらりと傾いた。帰結は、想像も容易いだろうがそのまま前方に、骸を巻き込んでコバルトブルーへと倒れこんだのだ。受け止めた骸の方が幾分水を被っているのは最早皮肉であろう。

「わ、びしょびしょ」
「君って人は…」
「朝の仕返しだっつーの。ざまあみろ」
「自分もびしょ濡れで何を言ってるんです」

 暫し水の滴る互いの顔を見つめ、どちらからともなく笑い出した。男同士で、服の侭で海水を被って、抱き合い笑う姿はどんな風に映るのか。当人達は微塵も気に掛ける様子はないけれど。

「俺さ」

「骸と結婚して良かったと思う」


 とんだ殺し文句だ。骸は瞬時に反応を返せず口を開けて呆けるだなんてらしくない姿でただ綱吉を見つめ返す他なかった。一瞬の間の後、自身の言葉の大胆さに気づいたのか慌てるように伏せた顔、その顎へ優しく手をかける。

「幸せを保証します」


 それはちかちか輝く口づけだった。









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