後で考えよう

「働きたくない」

 そんな自堕落な発言はことも有ろうに、イタリア屈指の勢力を誇るボンゴレファミリーのドンの言葉である。クイーンサイズのベッドへだらしなく大の字になり、傍らに立つ漆黒の家庭教師をやる気のない目で見上げていた。右腕が用意したスーツもクロークに掛かったままだ。苛立たしそうな長い足がベッドを蹴り上げるも、その上の主人は眠たそうにふあぁと欠伸を漏らすだけ。

「テメェ、何言ってやがる」

 凄むような語気の荒さだが、正直リボーンは困り果てていた。幼い頃でこそダメダメだったが我らがドンも、こんな風に責務を放棄して堕落的な態度を取ったことは、その名を継いでから一度もなかった。小言漏らしつつも、責任は果たす、教え込まずとも彼も大人になったものだと密か感心していたのだが、突然のこの放棄宣言である。勿論、心底仕事を怠けたいのなら、そのケツを蹴り上げるだけだ。けれど、リボーンにはわかっている、綱吉がそんな最もらしい理由でだらしなく寝転がっていないこと。だけれど、肝心なその本心が見えてこないのだ。どうして、なぜ、真実は何だ?何か根元だ?それ以上は理解を超えていた。ご機嫌ナナメだろうが、拗ねていようが、怒っていようがそんなことはどうでもよかった。現状は何にせよ、原因が分からなければ対処の仕様がない。

「体が石になってしまったみたいだーどうしよー」

 思いっきり寝返り打ってるじゃねぇか、クソ弟子。昔の様に、傍若無人に唯我独尊に、その手を引けるのなら良かった。けれど、恋の国イタリアの血を引く彼には、想い人をそんな乱暴に扱うことなどできないのだ。邪魔な、感情だと常々感じる。捨ててしまえれば安易に片付く物事がそこいら中に転がっていた。泣く子も黙る最強のヒットマンと言えど詰まるところ人の子である。恋に落ちる自然の理を誰が止める権利を持ち得よう。

「会談が嫌か」
「ううん、にこにこしてるだけだし」

 今度はごろごろと転がり出したドン・ボンゴレに最早言うべき言葉を失ってしまった。肺の中の酸素が空になる程の盛大な溜息を付くと、ぴたりと動きを止めこちらを仰ぎ見るその双眸は確実に何かを期待している色だ。

(だから何なんだよ)

 苛立たしい。綱吉の態度に、ではない。綱吉の心情を共有できないことが悔しくて仕方なかった。わざわざ言葉にされずとも、大概の考えは手に取るようにわかる。それ程、時間を共にしてきた。だから逆を言えば、わからないこの状況がわからない、わかりたくない。自分たちに理外の理が存在するなぞ。まるで、大事に守ってきた縄張りを、どこかの誰か、正体不明の誰かに、荒らされたような気分だ。

「なら、護衛がムクロで不満か?ヒバリあたりに頼むぞ」
「確かに骸面倒くさい時あるけど、もう慣れた」

 どうやらそれも違うらしい。一番イイ線だと思ったのだが。この不毛な謎解きに殆嫌気がさしてきた。先刻からひっきりなしに、内胸のポケットにいれた携帯電話が震えている。出立の時刻を過ぎているため、彼の右腕からの催促の電話であろう。今日は同盟マフィアとの会談だった。比較的友好な関係にはあるものの、綱吉を見る先方のねちっこい眼差しにリボーンはとうに気付いていた。本音を吐露するならば、行かせたくない。行かせたくないが、これは仕事であり、我々にとっては疎かにすると、その一つが死線となりかねないのだ。弱小であろうが、個人であろうが、優良な関係を築くに越したことはない。まず、遅刻の謝罪を丁重に、理由なんざ適当でいい。手土産を一つ追加しておいた方が無難だろう。そんな杞憂も、そもそも、綱吉をどうにかして動かさねば、話になるまい。どうする。もうこの際無理矢理抱きかかえても、いや、子供じゃねェんだから。基本的に感覚で直感で生きてきた家庭教師にとっては、思考回路をフル起動させること自体、精神的負荷でしかなかった。果たして、

「やめだやめ」

 考えることを放棄してしまった。ローファーを脱ぎ捨て、寝転ぶドンの真横に身を投げ出す。差し込む陽の光を反射する真っ白な天井は、やけに遠く感じた。これが綱吉の見ていた景色。

「疲れた。俺も寝る」

 胸元の携帯は静かになった。電然を落としたのだから当然だ。そう言えば、このところ愛弟子とは仕事の合間にすれ違うばかりで、たったこれだけの時間ですら久しいと思う。ここ数か月平生に輪にかけて多忙であった。仕事以外の話をしたのは記憶ももう薄い折。長いことボスとその幹部の間柄以上でも以下でもない日々。何だがいやに懐かしむように隣へとふと首を振れば、そこには満足な瞳がリボーンを捉えていた。

「へへ、一緒にサボろうよ」

 ああ、そうか、お前が求めていたものはこれだったのか。ヒントもなにもありゃしない、見事正答を当てた自分を褒めてやりたいくらいだ。かくして難解にして不可解ななぞなぞはこれにて解決。

「明日から、ちゃんと仕事するよ」

 なんて我儘だ、社会人としてあるいは組織の頂点として、有るまじき態度だけれど、リボーンもふっと笑みを漏らすだけだった。あの師あって、この弟子あり。気付くと弟子の抱き枕となっていたが、そのままにさせておいた。間も無く慌てたように右腕がやって来るも、用意周到に降ろされていた鍵によって、師弟のお昼寝は穏やかに守られたようだった。どうするかなんて、後で考えよう。





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140823
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