さよならフライト
ぐっばい

 じゃあね、さようなら、お元気で。伝えたい言葉は荷物と一緒にトランクに詰め込んで、綱吉はイタリア行きへの飛行機に乗り込んだ。めちゃくちゃな家庭教師に出会ってから数年、高校卒業を迎え、まさかマフィアのドンを選択するとは、中学二年生の自分には想像できなかったであろう。指に嵌めたボンゴレリング。いっきに背負わされた責務の重さは、想像を遥かに超える重量であった。好きにしなさい、先代はそう言った。家庭教師に脅迫されたのでも、父や祖父に強いられたでもない、これは綱吉の選択だった。それを周りも快く受け入れてくれた。彼らも当たり前だと言わんが如く、生まれ育った母国を離れる準備を始めた。襲名式を控えた綱吉は、誰よりも先に並盛に別れを告げる。数日前現地へ向かった家庭教師を追い掛けるように。見送りはいい、と断った。どうせ、間も無く異国の地で再会するのだ。またあとで、と笑顔で少しの間のさよならを交わした。母親は相変わらずの能天気さで、イタリアいいわね、気をつけて!まるで学校に送り出すのと何ら変わらず家の玄関で手を振る彼女を見て思う、この人の子供で良かった。

 ひとり、出立を伝えてない人がいた。綱吉の手のひらには、霧のボンゴレリングが握られている。マフィアを憎み、復讐のために生きてきた彼には、最後の最後まで、一緒に来てくれ、と、そんな利己的な言葉、言えなかったのだ。彼には守るものがある。それは、自分ではない。惨劇の中でも彼を生かしてきたものを、この先も守り続けて欲しかった。これでいい。彼とこうして袂を分かつことが、互いにとって一番優しい世界なんだ。手中の指輪を強く握る。

 襲名に向けて、一度、全てのリングを一つにしなければいけない、来週返すから貸してくれないか。よくもまぁ、綱吉の下手な嘘で返してくれたものである。多少訝しんでいたが、半ば無理やり受け取って、逃げるように去った。逃げた者勝ち。勿論、こんな大事な決定を一人で下せる権限などなく、家庭教師の承認の下であるから、最悪助力を頼もうとしていた。どうやら彼は事を面白く運びたかったらしく、しっかりとその手に指輪を握りしめて帰ってきた時には、盛大につまらなさそうな顔を向けられた。
 それ故、きちんとしたお別れもできていない。最後の会話は、来週持ってく、またな、とかそんな言葉であったかと思う。本当は伝えておきたいことが山程あった。これまでの感謝も、これからの労いも、そして、さようならも。どれ一つ伝えられずに終わってしまったのだ。いや、これでいい、何度も自分に言い聞かせる。なんだかんだの理由をつけて回収したそれは、まだ骸の体温を残しているようで、強く強く握り締めた。最後の温もりまで感じていたかった。

 さようなら、平凡な俺。さようなら、俺の愛した人。



 綱吉は、初めて異国の土を踏み締めた。慣れない長時間のフライトに体が僅かふらつくが、憧れだった海外旅行も、叶ってしまえばあっけないものである。まぁ、旅行ではなく、移住だが。鼻腔を擽る空気は、知らない土地のものだった。師の話では空港まで、迎えが来てくれているらしい。そこまで辿り着くことができるか、まず第一の難関であるが、解読できないイタリア語の表記を頼りに、指定された場所へ向おう。とりあえず人の流れに合わせてみる。トランクは然程重くない。必要なもんはこっちで揃えてやる、なんて大人顔負けの一丁前な言葉に甘えて、数日分の着替え程度しか入れてこなかった。初めて出逢った頃は赤ん坊であったのに、最近は全く子供の顔でない時がある。未熟な体躯から醸し出される自然な色気は、男の綱吉でも羨ましいと思う程だった。今だに頭の上がらない折もあるが、概ね師には感謝をしていた。ダメに始まり、ダメに終わる筈だったダメツナ人生を変えてくれたのは、他でもない彼だった。いろいろあったなぁ、この半生、と顧みながら手元のメモから顔上げた瞬間、綱吉は足を止めてしまった。

「リング、返していただけませんか」

 行く手を阻むように眼前に立つ姿は間違えようもない、一人勝手に別れを告げて来た、愛すべき人だった。数日前に見ている顔の筈だが、いやに懐かしく思える。慣れ親しんだ色違いの瞳は揺るぎなく綱吉を捉えており、まるで呪文をかけられたように動けなくなってしまった。

「僕は貴方の霧の守護者です」

 思わず手にしたいた紙切れを落とす。なぜ?どうして?どうやって?何一つ言葉にならなかった。骸は、水を求める魚のように口をはくはくさせるしかない綱吉の足元に転がる紙を拾い上げ、手中に戻すと同時に、もう片方の手のひらが握っていた霧のリングを構いなしに取り上げ、自身の指に嵌める。

「僕が生半可な覚悟で、身につけていたとでも?」

 滑らかな革手袋の感触が頬を這う。布越しに、彼の体温が伝わってくるようだった。あんなにも欲していた、温もり。綱吉はリングの嵌る愛する人の右手を取り、ぎゅっと頬へ押し付けた。


「さぁ、もう逃がしません」



これは始まりの出立。









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