黄昏とアクセル


「骸、顔怖い」

 真っ赤なオープンカーが走る。あたりは緑が一面に広がるだけだ。時折、葡萄畑や牧場を通りすぎるが、それ以外は何もなかった。暫く車を走らせているものの、景色は一向に変わる様子がない。山の向こうに落ちかけている太陽が、黄昏時が近いことを教えてくれている。同盟マフィアのパーティに顔を出すために、100km近い距離の往復を命じられた。面白くもない席へ出席する為に、200km。それでも常に笑顔を絶やさず、日本人お得意の社交辞令てんこ盛りで、お会いできて光栄です、お誘い頂きありがとうございます、ぜひこれからもよろしくおねがいします、愛想を振りまけるだけ振りまいてきた。自分も社会人とやらになったんだろう、と感慨深くなる。生きている社会がドンパチの世界というだけで、幼い頃思い浮かべていた平々凡々なサラリーマンとなんら変わりないじゃないか、綱吉は無理矢理そう言い聞かせた。今日の同伴は、隣の仏頂面でハンドルを握る六道骸であった。出立前から、ご機嫌はななめの様だったが、帰路に着いてからはななめどころではなくもはや直角なのではないかと思わされる程であった。豪華絢爛なパーティの間中も、僅かな笑みすら浮かべず、ずっと眉間に皺を刻んでいた。整っている顔だからこそ、迫力があった。そんな冷徹な表情で後ろにいるものだから、向こうの幹部の人たちがやけに気を使っていた様な気がする。それだから、余計綱吉は柔らかく優しい笑顔を深めるしかなかった。後ろの奴には触れるなよ、の意も込めて。無表情の護衛と、最上級の微笑みのボス、その図式は異様な様子であったけれど、あったから、誰一人としてそのことに立ち入ろうとするものはいなかった。向こうのアジトでは勿論、帰り道となっても、ここまで骸はだんまりを決めたままだった。

「下衆な奴らと綱吉くんが、同じ空気を吸っていると思うと吐き気がします」

 風に揺れる蒼糸が、暮れてきた日の光に当てられ、紫がかっても見えた。ただただ美しいその輝きに綱吉は思わず目を奪われる。その視界の端で、骸が強くハンドルを握り締める様子が映った。おいおいおい、ここで事故ったら笑えないぞ、とシートベルトを確認してしまった。色違いの瞳は、真っ直ぐに正面を見据えている。いや、運転手としてはそれが正しい姿なのだが、少しも揺らぐこともなく、前方に注がれる眼には明白に憎悪の色が滲んでいた。

「あんな下心丸出しな男共に笑顔を振りまかないでください」
「下心って…」
「気づかなかったのですか!あいつら綱吉くんの下半身ばかり見ていたんですよ!」

 あまりの気迫に、突っ込み損ねた綱吉は言いたいことを全部胃袋に押し戻して、代わりに天を仰いだ。あぁ、綺麗なバニラスカイだなぁ。現実逃避を決め込んだその瞬間、突如体に衝撃を感じる。骸が車を急停止させたのだ。シートベルトに体が食い込んで、蛙のような鳴き声を上げてしまった。心の底から、先刻安全を確認しておいてよかったと思った。

「骸、あぶな、」
「憎い憎い憎い憎い憎い」
「むく、」
「そうやって綱吉くんの優しさに付け込んで!身の程を知れ」

 ハンドルに額を預け、半ば叫ぶように吐き出す骸の姿は、夕刻も相俟ってどこか切ない。骸ならず誰にも言ってこそいないが、真実これまで体を撫でられたことや、遠まわしにベッドの誘いを受けることは少なからず経験してきた。そんなことを自分の周りが知ったら、それこそファミリー一つが壊滅しかねないと、ずっと営業スマイルとやらで乗り越えてきたのだ。未遂(綱吉に言わせてみれば勘違い)であれ、この乱れようだ。無駄な争い起こすべからず。綱吉自身、男の体なんぞ触らせておけ、と然程気にも止めていないことは本人にとっては不幸中の幸いであるし、周りにしてみれば不幸中の不幸である。依然と、顔を埋めたまま動かない骸の頭を労わるように撫でてやった。

「…この様なくだらない催し、金輪際参加しないでください」
「んー、でも俺は骸とドライブできて嫌いじゃないよ。その為にリボーンに文句言われながら、できるだけ同伴を骸にしてもらってるし」

 誰にも得手不得手がある。特に、ボンゴレファミリーの幹部たちはそれが顕著であった。組織として、人材は適材適所に配備する、それは効率性、生産性、結果、全てにおいて在るべき姿である。こういった席へは、潤滑な関係を築けるような人柄と、万が一の場合にドンを護れる力量が必要となる。当然、護衛、という面であれば十分すぎる能力だが、如何せん社交性に欠ける骸が適当であるかは、明言できなかった。寧ろ、リボーンはこうなることを見据えて、彼の名を挙げるとあまりいい顔しない(というよりもの凄く嫌そうな顔をする)下手をすると守護者同士とでも衝突することが少なくない骸に対する評価としては、至極当然であろう。けれど、綱吉たちの生活は、まず第一に仕事。この世界に土日休みなんて概念は存在するわけもなく、抗争が始まれば数ヶ月に長引く時だってあるし、穏やかな日々であっても、書類仕事や会議、会談、会合、パーティ、密会、その日に終わりきらないことだってザラだった。半年も前から頼み込んでおけば、纏まった休みが取れないこともなかったが、いきなり発生する任務だってある。約束された休暇すら、確約ではないのだ。だから、こうして骸と二人で過ごせる時間を、でき得る限り作りたい。これならば余程のことでない限り、予定が変わることはない、とある日気づいた。職権乱用万歳。だから、綱吉は、毎回家庭教師の小言に耐えるのだ。

「…よし!海いこ、骸!」

 漸くハンドルから顔を上げた骸の顔は、きょとんとしていた。思わぬ間抜けな顔に小さく笑みを漏らした綱吉が、助手席から思い切り、骸の足諸共アクセルを踏み込んだ。左ハンドルってこういう時具合がいい。そうそうないけど。

「ちょ、危ないで、す!」
「ほら、前見て、前見て、このまま海までごー」

 車が問題なく発車したのを確認して足を離す。綱吉はなんだか楽しくなってきて、ふんふん、と音程のずれた鼻歌を漏らした。まったく、と隣から聞こえてきたが、その顔は笑っていた。夕日に照らされた魅惑的な笑顔だ。やはり目を奪われいると、今度はその色違いの瞳と一瞬視線が交じり合う。それだけでも、綱吉は満足だった。ほんのちょっとだけの逃避行。










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140719






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