指先から始まる
(そうは思いません)


「ごちそーさまでした!」
「いえ、こちらこそ楽しい時間をありがとうございました」
「えと、じゃあ、金曜日…」
「はい、お待ちしてますね」

気づけばあっという間に日付変更目前。当然、終電など気にする必要もなく、しかも数歩で帰宅できるなんて贅沢の極み。わざわざ玄関まで送ってくれた骸は、俺が部屋に入るまで手を振り続けてくれた。美味しいご飯を食べて、一緒にデザートにケーキ、甘めにいれてくれたコーヒーを飲みながら、お昼では話し尽くせなかったことを片っ端から話した。昨日今日知り合いになったとは思えない位だ。自室に戻り楽しかった余韻に浸りつた、ベッドに転がる。あーこのまま寝ちゃえたら最高だなーという俺の堕落根性丸出しな欲望を見計らったように、携帯が低く唸った。

『楽しかったですか?』

うとうとと瞼が閉じたいと訴える意識の中で、なんとか『たのしかた。すごいいいやつ。ごはんうまかつた』と返した。誤字は見逃して欲しい。


「ねぇ、君、知らない人にはついていかないって、小さい頃習わなかったの」

翌日、意気揚々と事の顛末を話せば、雲雀さんは咎めるようにそう言った。なに、その日に知り合った人の家にいくなど、危機管理意識が薄すぎる、とのこと。至極ごもっともだ、俺がもし仮に女の子だとするならば。何言ってるんですかーと笑ったら、軽く額を弾かれてしまった。

「今度、そいつ咬み殺すから、呼んで」
「またそうやって、雲雀さんはー」
「メール男といい、隣人といい、君は変な男ばかりに好かれるね」
「骸は変な人じゃないし、メールの奴も悪い奴じゃないですよー」
「そういうところが、危機管理がなってないって言ってるの」

とりあえずわかったフリをして、はい、と頷いておいた。こういうお説教モードに入った雲雀さんは、納得させないと授業にすら行かせてくれない。呆れたような溜息が返されたが、俺は気づかないフリをする。時々、こうして雲雀さんは、俺にとんちんかんなことを言う。知らない男には気をつけろ、とか帰り道は後ろを注意しろ、とか。心配してくれる気持ちは勿論嬉しいけれど、それは男の俺にする類の心配じゃないよなぁ、と常日頃思っております。まだ何か一言付け足そうとした雲雀さんをチャイムが掻き消した。

「何かあったらすぐ呼ぶこと、わかった?」
「はーい」

チャイムが鳴ってからゼミに向かう雲雀さん、それって堂々遅刻じゃないですか?食堂の出入り口で小さく手を振ってくれる雲雀さんさんに、俺も同じように返す。さて、3限のない俺はいかにこの空白の時間を有意義に使うか考えていた。ここは騒がしいが、移動先を決めるのすら億劫で、ぐだーとテーブルに突っ伏す。

『ひま』

質素すぎる言葉、でもあいつは気にしない(と、勝手に思っている)名前も知らないけど、名前を知らないのが、なんだか心地よかった。知らないことが多いから、逆に気を使わないでいられるところもある。だから、俺は特別こいつのことを知ろうとは思ってない。

『お昼ごはんは食べましたか?』

相変わらず、返信が速い。俺の憶測だけど、こいつはきっと、携帯の操作でいったら、そこいらの女子高生といい勝負ができるだろう。

『さっき食べた。今日はネギトロ丼』

それだけで送信しようとしたが、一瞬手を止める。少し悩んだけれど『友達になったばかりの男の家に行くのって、ブヨージン?』改行してそう入れた。

『僕はそうは思いません。すぐ仲良くなれたってことでしょう』

やっぱり雲雀さんが心配しすぎなんだ!そうそう、お家訪問なんて少なからず仲の良い関係が必要なわけで、結果論からもってくれば、俺と骸はそれだけ仲良くなれたってこと。決して悪いことじゃない。まして男同士で何を気をつける!よし、今度雲雀さんに言ってやろう。

「そ、う、だ、よ、な…と、返信」


密かに楽しみにしていた金曜日、俺は時間ぴったりに隣家のインターホンを鳴らす。手には先日とはまた違うお店の箱。開かれた扉の先には、二回目のご登場です、エプロン骸。あぁ、またいい匂いがする…。ちょっとだけ勝手を知った俺は、上がり込み、何も言わないで冷蔵庫にケーキの箱を突っ込んだ。

「今日は何!」
「簡単ですけどイタリアンにしてみました。ボンゴレはお好きですか?」
「ボンゴレ、えーと、あさりのやつ?好き!」

よかった、と微笑んだ骸は、フライパンからスプーンでひとすくい、俺の口許へと運んできた。あーん、と言われ口を開ければ、瞬間口の中に広がる旨み旨み旨み。

「おいしいー!」
「味薄くないですか?」
「ちょうどいい!うわ、お店で食べるやつみたい!」

悲しきかな、言葉の引き出しの少ない頭がばればれである。いいんだ、おいしいものは、おいしいに尽きる。もうすぐ出来ます、と俺はまた部屋に通されてしまった。せめて食器くらい、と思ったけれど、机の上は万全の準備で、俺なんかでる隙が全くなかった。大人しく体育座りで待機。


「クフ…滑らかなコクと少しのほろ苦さ…いくつ食べても飽きない味…!」

この度の献上物も気に入って頂けたらしい。目を輝かせいかにこのチョコレートケーキが素晴らしいかを教えてくれた。眩しいくらいの笑顔がかわいい。──いや、男相手にかわいいってなんだよ。

「これ、すごいです、綱吉くん…!」
「骸が喜んでくれてよかったー」
「綱吉くん、美味しいお店を見つけるのお上手ですね」

インターネットで評判の良さそうなお店を探しただけだが、骸がそこまで喜んでくれるならもう少し穴場なお店なども発掘したくなる。時間のある日なら都心部に買いに行ってもいいかも。探すのも楽しくなってしまう。また、あーんってフォークを近づけてくるから、お言葉に甘えて頬張れば、確かに頷ける美味しさだった。

「行ってみたいお店があって、ちょっと電車でないといけないんですけど、よかったらついてきてくれませんか?一人だとこういうリアクションできなくて」

ケーキを食べる骸を見ているのはとても楽しいので二つ返事で了承した。確かに一人でそんな顔していたら浮く。ただでさえ、イケメンってだけで注目を浴びるだろうに、その上ケーキに悶絶していたら痛いほどの視線が注がれること間違いない。立ってるだけで目立つイケメンは、こういう点においては少しだけ生き辛いのかもな。

「この土日とかどうですか?」
「あ、俺土日で実家帰るんだ。父さんの誕生会があって」
「お父様のお誕生日、先月だって言ってましたもんね。じゃあ来週にしましょうか」
「ん、そうしよー」

来週の土曜日に行くと決めた。骸はるんるんで上機嫌に鼻歌なんぞ歌いながら携帯にスケジュールを打ち込んでいた。そう言えば、骸の連絡先を知らない。今までその必要性がなかったから気にもしなかったが、ま、隣にいるんだし今度聞けばいいか。あまりにもご機嫌な骸に別の話で水をさすのは気が引けた。


先日は日付の変わるぎりぎりまでお邪魔してしまったので、今日は少し早く帰宅することにした。実のところ明日実家に行くのに、まだなにも支度していないこともあり早めに切り上げる。急行電車を使って2時間くらいの距離だが、俺にとっては小旅行気分だ。特に名産品があるわけでもないが、骸におみやげを買ってくる約束をして、隣家を後にした。日用品はほぼ実家に備えがあるので良しとして、忘れてはいけないのが、父さんへ買った誕生日プレゼント。あいつにも相談して決めたし、喜んでくれるといいなぁ、と包装紙を一撫でした。

──あれ?

どうして骸は父さんの誕生日知ってたんだろう?

どくん、と心臓が不気味に脈を打った。

何かの弾みで話したか?いや、骸にはまだ家族の話は一切していない。記憶の限りではそうだった。仮に一言二言漏らしたとしても、誕生日などは言及するような機会はなかった。俺が実家を出てから、唯一家族の事を口にしたのは、あいつだけ。ううん、きっとそれっぽいことを言ったんだ。でないと知っているはずがない。でも骸とは正味二日程度しか話しておらず、たったそれだけの間のことを失念するとは到底思えなかった。俺は骸に話してない。骸は俺から聞いてない。そうだとすると、考えられることは……いやいやいやいや、考えすぎだろう。そんなこと、あり得ない。馬鹿げてる。邪推だ。邪推。ばかばか。俺は誤魔化すように布団をかぶる。その日の『おやすみなさい』には返事ができなかった。



俺はその月曜日、土産物と携帯電話を抱えて、いつものようにチャイムを鳴らした。






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140710







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