指先から始まる
(夜ごはん食べましょう)


「覚えてますか?昨日の…」

思わず作成中だったメール画面を閉じ、うんうんうん、と3回くらいは頷いた。挨拶もそこら昨日の無礼に対する謝罪が出掛かったが、あいつの『もう気にしてない』という言葉を思い出し、胃に押し戻した。

「よかったら、いいですか、ご一緒しても?」

うんうんうんうん、と多分さっきより更に頷いたと思う。小さく微笑んだイケメンは遠慮がちに椅子を引いた。手にしている番号札は俺よりもひとつ後。後ろに並んでいたのだろうか、メニューに夢中で全く気がつかなかった。

「六道骸と言います。経済学部の三年です」
「俺は沢田綱吉です。文学部で一年…」

自己紹介のタイミングっていまいち良き時がわからないけれど、イケメンはそれもスマート。綱吉くんですね、と繰り返してくれた。こんな美男子にいきなり下の名前で呼ばれたら女の子はドキッとしちゃうんだろうなぁ。さらっと呼んでしまう辺りイケメンの貫禄か。俺にはできない技だなと感心を寄せれば、ちょうど頼んだものが運ばれてきた。やはり直後に注文していたのか、店員さんは俺と六道の分と両手に持っていた。軽くお礼を言い、トレーを受け取る。んー!これ!色々なメニューが増えたけど、俺はベーシックなものが一番好きだ。久しぶりに対峙した好物に頬が緩む。いただきます、と手を合わせようとしたところ、眼前から小さな笑いが聞こえてきた。

「え、ろくど、うさん?」
「そんなに好きなんですか?」
「う、うん」
「すごい笑顔でしたよ。かわいい」

男にかわいいなんて言われても嬉しくもないが、指摘されたことがなんだか恥ずかしくて、誤魔化すようにハンバーガーを頬張った。まだ、笑ってる。

「そんなに笑わなくてもいいじゃないですか!」
「だって、すみません。食べますね、僕も」

綺麗な指先が包装紙を捲る。こんな動作ひとつとっても俺とは別格の差だ。やはり天は人の上に人を作るんだなぁ。そんな不条理にはさすがに慣れましたけど。

「呼び捨てでいいですよ。それに敬語も」
「六道…だって敬語じゃないか」
「僕はどう頑張ってもこれが地で。六道、じゃなくて、下の名で」

男に対してこの対応だと、果たして女の子にはどんな風に接しているんだろうか。そのスキルを欲している男子諸君は五万といるはずだ。その道では崇めたてられ祀られることも不可能ではないんじゃないか?俺の邪推など知る由もなく、六道、もとい、骸はにこにこと俺の方を見ていた。女の子を口説く為には、人懐っこさも必要、と。ダメ出しでこの笑顔を向けられたら、恋するうさぎちゃん達はころっと家まで着いていって──あ、

「そう言えば!俺!骸の隣の部屋に住んでるんだ!」

ここまでこの人に興味を持ったきっかけをすっかり忘れていた。勢い余って身を乗り出しまったが、骸は体を引くことなく驚いた表情で目を見開く。少し間の抜けた顔にさっきの仕返しも含めてちょっとだけ笑ってやった。

「そうなんですか!それはすごい偶然ですね!」
「こんなことってあるんだなー」

俺が笑ったことには気がつかなかったのか、特にこれといった反応もなく、そんな小さな仕返しをしてしまった自分に恥ずかしくなる。お互いの間でお隣さんという親近感が湧いたおかげで、そこからというもの話題は途切れなかった。出身地やお気に入りのバンド、好きな漫画のことなど話した。違う学部の授業には興味があったし、同じように俺の話も骸は楽しそうに聞いてくれた。話し続けた成果、丁度ドリンクが氷だけになった時、骸は残念そうに腕時計に目をやる。

「教授のところに行かなくてはいけないので、そろそろ失礼しますね」

折角だし俺もここら辺一体を散策でもしようと思い一緒に席を立った。荷物を纏めている間に、骸は自分のものと一緒に、俺の分のごみも片付けてくれる。んー、こういうところが流石。

「もっとお話していたかったのですが…名残惜しいです」
「また会えるって!隣だし!」
「あ、では、この続きを今夜いかがでしょう?」
「今夜?」
「ええ、夜ご飯でも一緒に」
「わー!いいね!」
「よかった。それでは19時ごろ、僕の部屋で」

自動ドアの前で手を振りあって別れた。仲の良い友人はできたといえど、実はまだ誰の家にも遊びに行っていなかったのだ。初めて見る自分でない大学生の部屋にわくわくを隠せずにいる。ピザとかデリバリーするのかなぁ?そう言えば意外と甘いものが好きだと言ってたから、ケーキ買っていこう。はやく夜がくればいいのに、とはやる気持ちを必死に抑えて、俺は美味しそうな洋菓子屋さんを探すことにした。とりあえず近くの情報を調べようと思い、携帯を取り出して気づく。あいつに返信途中だった。ファストフード店にいったこと、隣人と友達になったこと、今夜遊びにいくこと、忙しない文章になってしまったが、全ててんこ盛りで送った。


ピザとかデリバリーするのかな?そんな風に考えていた時もありました。なかなか美味しいと評判のケーキを手に入れ、ちょっとドキドキしながら呼び鈴を押し、間も無く開かれた扉の向こうから、すんごくいい匂いが漂ってくる。そして、エプロン姿の骸。

「ようこそ。丁度できあがる頃なのでよかったです」
「うへ?」

予想外の展開に、間抜けな生返事で促されるまま部屋に入れば、テーブルに並ぶ美味しそうな料理たち。男の手料理で迎えてもらえるなんて思ってなかったていうの半分、その料理がすごく美味しそうでびっくりしてしまったの半分で、俺は部屋の入り口で固まった。思わず漏れたすごい、という呟きが聞こえたのか、骸は、お口に合えばいいんですけど、なんて照れ臭そうに頬に手を添えた。これが女の子だったら…!

「おいしそう…。骸ってなんでも出来るんだな」
「見よう見まねです」
「こんな美味しそうなもの用意してもらっちゃって、割に合うかわかんないんだけど、これ」
「、これ、チョコレートケーキが絶品と噂の…!」
「骸、チョコ好きだって言ってたから、どうかなって」
「わぁ、ありがとうございます!すごく食べてみたかったんです!」

浮き足立ってるんじゃないかってくらい軽い足取りで、骸は小箱を冷蔵庫にしまう。料理に気を取られていたが、ここで楽しみにしていたお宅拝見。失礼のない程度に部屋を見回す。家具はシックな色合いで揃えられており、統一感があった。大人の部屋って感じだ。部屋からしてモテそう。真ん中にローテブル、何度も言うが美味しそうな料理と、お箸が隣あって並んでいた。

「もう出来ますから、座っていてください」

俺に手伝えることはなに一つないと踏んで、お言葉に甘え席についた。近距離で見ると、更に食欲を誘ってくる。実家を離れてからこういうちゃんとした料理食べてなかったな。なんだか心がじんとした。エプロンを外した骸が、お茶碗を手に横に座った。

「おかわりありますから」
「ありがとう!い、いただきます」

よくわからないが少し緊張した。味は見た目通り、いや見た目以上、申し分なかった。そこいらの女の子が作るより美味しいんじゃないか?(母さん以外の手料理を食べたことがない、という点には今は触れないでおく)多分言われ慣れてるんだろうけど、俺は、おいしい!と叫ばずにいられなかった。

「よかった、そう言ってもらえると嬉しいです」
「俺、こっちに出てきてから、外食ばっかで。やっぱ、こういうご飯はほっとする」
「いつもそんなものじゃ体に悪いですよ。綱吉くんさえ嫌じゃなければ、うちで一緒に夜ご飯食べましょう」
「え、そんなの迷惑だろ」
「一人分作るのも二人分作るのもあまり変わらないんですよ。僕だけだと、食材余っちゃったりしますし、来てくると逆に助かります」

骸の申し出はすごく嬉しかった。一人で食べるご飯はとても味気ない。いい年した大人が、と言われても構うもんか、淋しいものは淋しいのだ。いくらなんでも毎日は俺も気が引けるので、月水金と曜日を決めた。お礼は大したものはできないけど、チョコレートケーキ探しが日課になりそうだ。ご飯の一粒も残さず、ごちそーさまっ、と手を合わせる。

「おいしかった…」
「お粗末様です」
「…骸、なんで女じゃないの?」

すぐ結婚しちゃうのになーはははー、なんて笑いかけたら、いやに神妙な表情の骸の顔がゆっくり近づいてきた。腰の脇に手を置かれ、吐息が触れる程の距離で、覗き込まれる。視線が反らせない。

「女の子じゃないと駄目ですか?」

どこか、悲しそうだった。訳なんて察することができるはずもなく。そんなの気のせいか?俺は、身動ぎも許されない。だって、下手に動いたら、キスしてしまいそうだ。そんなに近い距離。これ程まで間近にしてみると、改めてその美しさにもう溜息しかでない。完敗だ。勝負にもならない勝負だけど、完敗だ。骸くらいのイケメンだったら、男同士でもいいのかもしれないな。俺はその手のことよくわからないけど、別に差別意識はないし、その二人が幸せならいいと思う。男と男だからって何が変わるんだ?デートして、手をつないで、キスをして、セックs

「いや、だめだろ」

危ない。イケメンマジックにかかるところだった。そういう愛の形があることは受け入れるが、俺はいい。女の子と結婚し、家庭を持って、両親に孫の顔を見せてやるのだ。

「そうですよね。クフ、冗談です」

綱吉くん、動けなくなって可愛いですね、なんて笑っていうものだから、離れていく体に軽いパンチを入れてやった。──でも、ドキドキしたのは本当だ、ばーか。








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